わざと足音をたててちかづいたのに、ライトニングはふりむきもしなかった。
 昼間の一件からずっと、ファングはライトニングを観察してみることにしていた。直後の魔物をさばく手つきは適度にあれていて、仏頂面が普段にもまして際だっていた。やつの軍刀さばきはなかなかのものである。やり方をおしえたのはファングだったが、下手をすれば彼女よりもずっと手馴れているように見えるほどだった。

(ま、昼間のはやつあたりにしか見えなかったけど)

 とっくに夕餉もすんだ頃合である。親睦をふかめるべくたき火をかこんで雑談にいそしむ仲間たちのなかにライトニングがいないことに気づいたファングは、しばらく思案してからさがしにいくことにした。さりげなく集団からぬけたつもりだったが、さり際ヴァニラと目があった気がした。ライトニングがいないことには彼女も気づいていたようだが、行動をおこす気はないらしい。ファングはふうと息をついて、すこしだけ歩調をはやめた。
 そこで見つけたのが、すこしはなれたところの木のしたにすわりこむライトニングだった。丁寧に小枝をふんで音をたてたというのにわずかな反応も見せなかったやつのほうへとよこからちかづく。さらにはかさかさと足元の植物がなって、すこしわざとらしいほどだった。

「おまえって、すぐひとりになりたがるのな」
「……」

 ちらり、と視線がもちあがる。それをうけとめるよりもさきにファングはライトニングのとなりにすわりこみ、密着した。迷惑そうにまゆがよったが、気にせずにおしやる。抵抗するのも面倒なのか、ライトニングはすなおにすこし腰をずらした。それほどふとくはない木の幹にふたりしてよりかかる。

「なにか用か」
「いや、用ってほどでもねーんだけど……」

 言いかけて、ファングは奇妙な音に気づく。しゃ、しゃとなにかがけずれるような音の連続、ふとライトニングのくらい手元をのぞきこめば、彼女は小指ほどのふとさの木の枝にサバイバルナイフをあてがっていた。音の正体はそれで、すっかりさきがほそくなっている枝のしたにはけずった屑がたくさんこぼれていた。

「なにやってんだそれ」
「精神統一」
「……」

 端的なこたえに、ファングは思わず閉口した。そのあいだもライトニングの手はとまらず、木の枝はゆっくりとみじかくなっていく。するどくとがった先端はぼんやりと薄暗いなかにうかんでいて、わざわざこんなくらがりでやることでもないだろうにと思わざるを得ない。いや精神を統一しようとしているのだから、条件がわるいほうがむしろ効果があるのだろうか。

「べつに、ひとりになりたいと思ってるつもりはないが」

 ファングが無駄な思案をしていたところで、ライトニングが唐突に言う。おどろいて視線をあげると、しかし彼女はあいかわらず自分の手元しか見ていなかった。

「……ふうん、そうなの」

 意外なことばだったから内心ではなかなか好奇心をくすぐられていたが、気のないそぶりをした。ぱらぱらと木の屑がおちていって、地面のうえにたまっていく。ファングはぼんやりとながめた。繊細な指先がナイフをあやつって、器用な手つきでかたちをととのえていく。
 誕生日プレゼントなのだと聞いている。妹が姉におくるにしては無骨すぎるそれが、それでもライトニングの手のなかにきれいにおさまっている。よく似合ってもいた。彼女はなにを思ってこれをあつかっているのだろう。
 ふと、ライトニングの手がとまった。ファングがそれをいぶかしむよりもさきに、それ、とつぶやく声がする。視線をあげれば声の主も顔をあげていて、それでも目があうことはなかった。なぜなら、彼女はファングの右の二の腕を注視していたから。

「傷」

 断片的な単語の羅列だったが、言いたいことはわかった。そこにあるのは焼け焦げたルシの烙印だ。しかし、そのしたにも彼女の皮膚にきざまれるものはあった。

「ふるいな」
「まー。いつつけたのかもおぼえてねーし」

 ファングは自分の二の腕をなでた。するとたまに、まわりの皮膚とはことなる感触をおぼえる箇所がある。いくつかの傷跡、ずっとむかしの失敗のあかしだ。ライトニングはそれをじろじろと見た。あまりいい気持ちはしなかったが、やめろと言う気になるほどではない。
 おぼえていないというのはうそだった。いちどについた傷ではない幾筋かのそれは、自分が無茶をしたときのことばかりをファングに思いださせる。常からの好戦的で挑発的なしぐさとは裏腹に、彼女は冷静で慎重なやり方を信条としていた。それは過酷な地でいきぬくために自然と身につくすべだったが、そうと言っていられないときというのはどうしても存在する。守るために無茶をした、そのたびあの子はあやまった。足手まといでごめんと言った。そうやってあの子は、……。ファングはそれ以上のことを思いだす気にならなかった。

「すぐになくんだな、あいつって」

 しかしファングは、ぎょっとする羽目となる。だってライトニングの唐突なつぶやきは、まるで回想のつづきを言いあてていたのだ。かすかな動揺をおぼえた、が、それ以上に思いあたったことがある。

「……それは、あいつをなかした、ってことか?」

 あいつ、なんてあいまいな言い方だったが、だれのことを言っているかの推測はできたしそれはおそらくあたりだ。その証拠に、ライトニングはすずしい表情はくずさないにしてもしまったと言わんばかりに目をおよがせた。ファングになかせたとしられてはまずい人物といったら、ライトニングにはひとりしか思いつけないはずだ。
 問いただすつもりで至近距離から横顔をじっとながめた。すると、平静をよそおっていたライトニングはそのうちたまらなくなったのかファングのあごを腕でおしやった。首がおかしなふうにまがって、ファングはぐえとまぬけな声をあげる。反射的にその腕をはらってライトニングをにらむと、むこうもうんざりした顔でこちらを見ていた。

「顔ちかすぎ」
「なんだよ、意外と純情?」
「どっちかっていったら文化のちがいじゃないか」
「文化?」
「……おまえらは、基本的に他人との距離がちかいよ」

 ぼそりと言って、ライトニングは作業を再開した。おまえら、というのはファングとヴァニラのことだった。なにをもって彼女がそうと判断したのかはファングにはわかりかねたが、言われてみればたしかにグラン=パルス出身であるファングらにくらべて、コクーン人はふれあうことがすくない気がした。たとえばライトニングなんかは、ファングがすこし肩をくんだだけでけっこう迷惑そうな顔をした。それは彼女の性分かと思っていたが、なるほど文化レベルでの距離感の差異だったわけだ。

「あー。考えてみたらそうかも」

 合点がいってぽんと手をつく。ライトニングはそのようすをちらりと横目でながめ、わかったら今後はそのへんを意識して行動してくれ、と言った。ああ、とそれに生返事でこたえて、ファングはまた隣人に顔をよせた。なにがああだ、とさっそく配慮のかく行動をするやつを見かえし、ライトニングはそれでもひるみはしない。しかし彼女は、つぎにつづくことばにきょとんとしてしまうのだ。

「つまりは、だ。あたしとヴァニラがあんなになかがいいのも、あんなにくっついてんのも、そういう文化だからってことだ。それ以外のなにものでもねーわけだ」

 なあ、と、奇妙にまじめな顔をして、ファングがライトニングに同意をもとめる。ライトニングはかたまった。そのようすを、ファングはじっと見つめる。

「……おまえ、なに考えてる」

 警戒心のにじみでる返答だった。ライトニングは、自分とヴァニラが接近することがファングの気にいらないことであると思っていた。ならば、彼女たちが極度に密着していることについてわざわざフォローをする意味がわからない。ファングは不躾な視線をうけとめながら、さてねとでも言うように肩をすくめた。それに気分をわるくしたライトニングはかるい舌打ちをして、それからとんとファングの二の腕を指先でついた。ついさっきライトニングのコミュニケーション不足について話をしたばかりだったから、唐突な接触はファングをおどろかせる。

「これがついたとき、あいつはないたのか?」

 指がさしているのはふるい傷だ。ごまかされたことに腹がたったから、先程うやむやになった話をむしかえして非難してやることにした。むこうもそのつもりだったのだろうが、ライトニングにだっておなじことを言うことができるのだ。だってあの子は、ライトニングに傷がのこることをとてもいやがっていた。ひょっとしたらその動機は後悔なのかもしれず、そしてその後悔の原因は、おそらくこれだ。

「……、あたしもあいつのことなかしてるって言いたいわけ?」
「やっぱりないたのか」

 ライトニングがふんと鼻をならすと、こんどはファングが舌打ちをした。それからやってられないとでも言いたげに頭のうしろで腕をくみ目をとじた。もう話をする気はないということだと判断したライトニングは、サバイバルナイフをもちなおす。

「ヴァニラのこと、あんまりあまく見ないほうがいいぜ」

 しかし、ファングはまた妙なことを言った。ライトニングはそろそろいらいらしはじめていたので、そのことばを無視することにした。ファングはそうくるだろうと予想でもしていたかのように気にとめるようすもなく、話をつづける。

「たのむから、あいつがなくようなことしないでくれよ。あいつのこと、ちゃんと見てやってくれねーか」

 ぽつぽつとしゃべりながらも、ファング自身いったい自分がなにを言わんとしているのか把握しきれていないところがあった。先日、ライトニングのヴァニラに対する奇妙な目のかけ方を注意したばかりだというのに、こんどはちゃんと見てやれ、などと。だってきっとヴァニラはそうのぞんでいるはずなのだ、ファングは彼女ののぞむことはかなえてやりたくて、ライトニングのことでなやむヴァニラなんて見たくないのだ。
 ファングは、ひょっとしたらいま自分はあまり冷静でないのかもしれない、と思いあたる。少々うんざりしたので、もう退散しようかと腰をうかせかけた。しかしその瞬間、ざく、とにぶい音がしてついうごきをとめる。反射的に音源をさがせば、先程までライトニングがにぎっていたはずの木の枝が地面につきたてられていてぎょっとした。

「……わがままなやつだ」

 しているうちに、ライトニングがぼそりとつぶやいてたちあがり、そのままさっさとあるきはじめてしまった。ファングは一瞬だけその背を見送り、すぐさまもとの位置へと視線をおとす。まるで彼女の不機嫌を表現するかのように地面からのびたそれは、どこか間がぬけている。

(わがまま、って)

 そうと非難されたのが己であると判断したあたりで、ファングはたちあがった。そしてライトニングがいらだちにまかせてつきさしたものを見おろして、ひくりと唇のはしがひきつることを自覚する。途端、足が勝手にうごいた。かと思うと、またざくっという音。

「……おまえにだけは言われたかねーわ、それ」

 いきおいをつけてふみつけられた小枝は、ファングの足のしたじきになる。それからファングはこきこきと首をならしてからあるきだす。のこったのは、すっかり地面にめりこんだ小枝だけだった。
10.02.04 まよい