きょうはおかいものにきています。キジっちゃんとふたりきり。空はちょっとくもり気味でいまにも雨がおちてきそう。でかけるときからこんな空もようだけどかさはもってこなかった。なんでって言うキジっちゃんをむりやりひっぱってきて現在にいたります。
「ねー、キジっちゃん」
「んー?」
百円ショップはまばらな客いり。品物を物色するキジっちゃんのうでに自分のをからめた。
「え、なに」
「きょうはちょっとはだざむい」
うそだけど。たしかにそとはすこし空気がつめたいけど、店内はちょうどいい。むしろちょっとあついくらい。だからいまのがあたしのうそだってことはキジっちゃんもわかったはず。あっそう。だけどキジっちゃんはそう言ってまた手にもった透明なグラスに視線をもどした。私はそんなのいっこうにかまいません意識なんてかけらもしてません。キジっちゃんはそんな横顔をつくってるけど、耳がちょっとあかいのはごまかせてないよ。
「もう、キジっちゃんってばかわいいんだから」
「……きげんいいね、きょう」
ちらり、とキジっちゃんがあたしを見おろす。あたしはこんなふうにキジっちゃんに見おろされるのがすき。あたしたちの身長差がおきにいり。はじめてあったときからすこしだけどキジっちゃんのが背がたかくて、それからあたしはちょっとしかのびなくてキジっちゃんはそれよりもうちょっとだけ背がのびて差がひろがった。といってもそんなたいした差じゃないけど、この差こそがあたしたちにぴったりの身長差なんである。あたしがそうきめたんだからまちがいない。
「デートだからね。ふたりっきりの」
「ふたりっきりって。これからずっとそうでしょ、なにをいまさら」
ずっと。キジっちゃんのことばに心臓がどきっとなった。不覚。
「……プロポーズみたいだね、いまの」
「うえ、そ、そう?」
予想外のことを言われてか、キジっちゃんがへんな声をあげる。結婚したいねえ。動揺からまだたちなおってないキジっちゃんにおいうちをかける。あー、あーうんまあそうだねえ。はぎれのわるい返事はもはやキジっちゃんの代名詞。
「まー、なんだ。ヘンなこと言ってないでかいものしようよ」
「へんなことってなにさあ」
「わかったわかった。家にかえったらきくよ」
家。また心臓がなる。キジっちゃんめ。キジっちゃんめキジっちゃんめ。なんで無意識にそんなこといっぱい言えるかなあ。
「ねえ。これとかどう?」
「……いいんじゃなーい?」
「ちょっと、見もしないで」
キジっちゃんが手にもったグラスをかかげながら唇をとがらせる。なにすねてんの急に。キジっちゃんがグラスがら目をそらしてるあたしの顔をのぞきこむ。あー、ちかいちかい顔ちかい。
「すねてないよ、べつに」
「そう?」
「そうだよ、キジっちゃんのばか」
「あれおかしいな。未知がその台詞を言うときはきまってすねてるときなんだけど」
しめた、とばかりのキジっちゃんの得意げな声。あたしは目をぱちぱちさせる。
「は、はあ〜? そんなのしらない」
「そりゃそうだよ、私しかしらないことだからね」
得意げな口角がさらにあがる。なんてにくたらしい顔なの。なにか悪態をついてやろうと口をひらいてみたけど、予想どおり金魚よろしくぱくぱく開閉をくりかえすだけの結果となってしまった。本日三度目の不覚。
「へ、へんなこと言ってないでかいものしようよ」
「うんそうだね」
あははとキジっちゃんのかちほこった笑い声。むかつく。
キジっちゃんはさっきあたしに見せようとしたグラスをたなにもどしてそのとなりのを手にとった。ところで、なんで百円ショップなんていうところにきてグラスを物色してるのかっていえば、あたしがどこかのマンガのまねをして百円ショップでおそろいのグラスを買おうよって言ったから。はんぶん冗談だったけど元ネタをしらないらしいキジっちゃんはいいよってふたつ返事で了承。あたしはううんとうなって、でもおそろいのグラスがキッチンにならんでるのを見るのはきっと気持ちがいいだろうからなにも言わなかった。
「これにしよ」
結局あたしのひとことできまり。キジっちゃんはなんにしても候補をあげはするけど最終決断はあたしにさせたがる。それがやさしさなのか優柔不断なだけなのかはわからないけど、べつに気分はわるくないから気にしない。
「あとなにかうんだっけ」
「おそろいの歯ブラシとか王道なんじゃない?」
「あー」
「あと、カーテンかわなきゃ」
「ところでいつまでうでくんでんの?」
「まあいいじゃん」
レジしてるときもずっとはなれずにいたら、キジっちゃんが居心地わるそうに顔をしかめた。さっきのしかえしだばか。
「ね、つぎどこいくの?」
「そうだな、カーテンかうんなら……あ」
「あ」
「あーあ」
自動ドアをくぐったところでふたりして空を見あげた。それからわざとらしいため息がとなりからきこえる。
「どうすんの」
雨粒がおちてくる空を見あげながら、キジっちゃんが言った。
とりあえず百円ショップのまえの喫茶店にはいることになった。
「だからかさもっていこうって言ったのに」
「だって、せっかくのおかいものなんだから身軽でいたいじゃん」
「かさいっぽんくらいもっててももってなくてもかわんないと思うけど」
「もう、そういう問題じゃないの」
じゃあどういう問題なんだ。コーヒーにクリームをたらしながら自分に問いかける。だって、なんとなくなんだもんしかたないじゃん。
「雨やみそうにないよ、どうすんのほんと」
もううるさいなあ。だいたいこのあとちゃんと予定あったわけじゃないじゃんてきとうにでてきただけじゃん。むすっとしていたら、キジっちゃんはわかったわかったっていう顔をしておてあげのポーズをした。
「ま、雨はきらいじゃないしね」
それからフォローにならないフォローをしてコーヒーカップにくちをつける。キジっちゃんはあまいものがだいすきだけどコーヒーはブラックでのむ。あたしはコーヒーというものになにもいれないなんて信じられないんだけどキジっちゃんはそれ以外はコーヒーじゃないよとかえらそうなことを言う。あたしに言わせればそんな苦いもののみものじゃないんだけど。じっと見ていたら、なにって言われた。
「キスしよっか」
「は?」
キジっちゃんは頓狂な声をあげて目を瞬いた。なんで?とかここで?とかどうして急に?とか、そんなこと言いたげな顔。
「じょーっだん」
かたまってるキジっちゃんに満足してあたしはふんと笑った。ま、ほんとはコーヒーふくくらいの反応をきたいしてたんだけど。
「未知」
キミね、ってしぶい顔して説教モードにはいりそうになるキジっちゃんを無視してあたしはコーヒーをすする。じつはまだひとくち目。ううん、そもそもコーヒーっていうもの自体あんまりすきじゃないんだけど。それじゃあなんで注文したのかっていえば、すきなひとのすきなものってやっぱりすきになりたいじゃない、っていうけなげすぎてうんざりしそうな動機なんだけどぜったいキジっちゃんには言わない。言ったらぜったい調子のるもんこのひと。
「未知」
ぼおっとしてたら急に呼ばれて、反射的に顔をあげたらすぐそこにキジっちゃんの顔があった。なんで、って思ってるうちに唇になにかふれた。よくしってる感触。
ん?
「な……」
「よくかんがえたらさ、かさなんてそこでかえばよかったんだよ」
キジっちゃんが窓のそとをおやゆびでさす。つられて見たそこにはさきほどまでお邪魔していた百円ショップ。
「もうでようかここ」
かたんと音をたてていすからたって、キジっちゃんは伝票を手にとる。それから平然とした背中であるいていくのを、あたしは呆然と見送る。キジっちゃんが店のとびらをくぐろうとしたところでやっとわれにかえったあたしはあわてておいかけた。
「……んじらんない。なにかんがえてんの、ばかじゃないの、さいあく、さいあく……」
もうあの店いけないじゃんってかこのへんあるけないじゃん。キジっちゃんのとなりにおいついてちいさくわめく。ああたぶんいまのあたしものすごくへんな顔色をしてる。
「未知がしよっかって言ったから」
「じょ、冗談だっつったじゃん、ああーもういつからそんなばかになっちゃったの? ねえ」
このばか、って思いきりさけぼうとキジっちゃんをにらみつけておどろいた。
「……てか、そんな顔するくらいならしなきゃいいじゃん」
「……私もそう思う」
キジっちゃんは、口元をてのひらでおさえてまっ赤な顔をかくした。かくせてないけど。
ふたりして赤い顔で百円のかさもってレジにいったら、さっきとおなじ店員にへんな顔された。ここにも二度ときたくない。
「げ、はれた」
「うわーさいあく」
そしてそんなさいあくな気分においうちをかけたのは、かさかったとたん雨があがったこと。もうなんかすべてがキジっちゃんのせいな気がする。
「……なんかつかれた」
あたしがつぶやく。キジっちゃんはうなずく。空は、くものすきまから水色をのぞかせている。
「かえろっか」
空を見あげたまま、キジっちゃんが言った。あたしはそれに一瞬どきっとして、でもすぐにもうそんなことかんがえなくていいんだって気づいた。かえろっか、は、もうばいばいじゃないんだって。そう思うとうれしくなった。うれしくなったらさっきまで急にはれたのがむかついてたのにそれすらもいとしく見えてくるんだからあたしって単純。でもそれをキジっちゃんにさとられたくなくて、あたしはわざとぶうたれた顔をつくった。
「あー、きょうはもっとすてきな日になるはずだったんだけど」
「あいあいがさしそこねたし?」
「なに、キジっちゃんしたかった?」
「んー、ちょっと」
「ふうん」
あるきながら、キジっちゃんの手をとる。ただ手をにぎるんじゃなくて、ゆびとゆびをからめた。
「じゃあかわりに手ぇつないであげる」
ぎゅっとしたらキジっちゃんも手に力をこめた。うわ、やだなちょっとしあわせな気分になってきた。
「ねね」
「ん?」
「あたしたちさ、恋人どうしに見えるかな」
「んー、わかるひとにはわかるよきっと」
「そっかあ」
うふふ、って笑ったら、きげんなおったね、ってキジっちゃんも笑った。
「ねえ、かえったら表札書こうよ」
「ん、ああそうだね」
「あたしがキジっちゃんの書くから、キジっちゃんはあたしの書いて」
「なんで?」
「そっちのがたのしいじゃん」
「まあ、未知がしたいってんならつきあうよ」
帰り道をあるく。帰り道だけど、帰り道のはてにあるのはもうキジっちゃんとのおわかれじゃない。そこにあるのはふたりのわが家なのだ。きょうかいそこねたカーテンだっていつでもかいにいける。歯ブラシだって。
「未知」
キジっちゃんがゆびさした。そのさきには、空にうっすらとうかぶアーチ。それはまるであたしたちの未来をあらわしてるかのようにきれいだった。そんなふうに解釈するのはあつかましくてずうずうしいけど、でもきっとまちがっていない。だって、あたしがそうきめたんだもん。そうでしょ、キジっちゃん。
07.07.21 未来と空もようの相関関係