目がさめたけど、まだまどのそとには月がひかっていた。ゆっくりからだをおこしたらかたにかかっていたシーツがするっとおちた。それといっしょにキジっちゃんのうでも。ぱたんと音をたてておちたキジっちゃんのうでをそっとシーツのなかにいれた。それからキジっちゃんの寝顔をのぞきこむ。いつものすました顔じゃない弛緩しきった表情はいつもよりおさなく見えた。であったころからあんまりかわってないと思う。ふけ顔はとしとってもあんまりかわらないっていうのはほんとうだったんだなあとみょうに納得した。
「……かわいい」
ながいまつげとかうすいくちびるとかとおったはなすじとか。キジっちゃんはとてもきれいなひとだ。だいすきな顔。だいすきなキジっちゃん。
人間っていうのは、二種類しかいないんだよ。とむかしキジっちゃんが言ったことがあった。よくきく言いまわしだった。なに、ってきいたら、キジっちゃんはすこしまよったあとゆびおりかぞえながら言った。なやむひとと、なやまないひと。
「未知は確実に後者だね」
「なにそれ」
「いやけなしてるわけじゃなくてさ」
むしろほめてんだけどなあ。キジっちゃんは2本だけおりまげられたゆびをながめながらそっけなくつぶやく。そんなこと言って、なやまないひとなんて確実にばかにしてるじゃない。
「キジっちゃんはどうなの」
「私? 私は……どうかな」
ずるい返答だったけど、それ以上きく気にはなれなかった。きいたら、あたしたちはべつのところにたっていてべつのところを見ているんだと言われる気がした。キジっちゃんはたまにあたしをとおくからながめるみたいに、観察するみたいにあたしを見つめる。それはあまりすきじゃなかった。そのときのキジっちゃんは、うでをのばしてもぜったいとどかないところにいるのだ。
「ひとつになりたいなんて思わないけどさあ」
ねむったままのキジっちゃんにことばをおとす。とどいてほしいけどとどかなくていい。
「なきたいならないていいのに」
おさない寝顔に水滴がおちた。とうとつだと思う。ないてるのはあたしだ。いつだってあたしなのだ。ぱらぱらとながれる。なきたいならないていいんだよ、ねえ。ほほにふれた。あたしのなみだでしめった感触。キジっちゃんらしくない感触。でもキジっちゃんにぴったりな手ざわりなのだ。こんなににあうのに。
とつぜんまぶたがあがった。もちろんキジっちゃんのだ。あたしはおどろくほどおどろかなかった。そうなるのがわかってたみたいに。キジっちゃんはあたしを見て、ぽかんと口をあけた。おもしろい顔だなと思った。
「なんでおきんのさ」
「……未知がなくから」
ほうけた顔のままキジっちゃんがからだをおこす。ほうけていても意識は覚醒してるみたいで、まっすぐうでがのびてきた。ふだんのねおきのわるさなんてうそみたい。
「ないてないよ」
「そう?」
「そうだよ。ないてんのはキジっちゃんだもん」
「……おかしなこと言うね」
さっきみたいにめじりに顔をよせられて思わずてのひらであごをおしのけた。そしたらその手をとられてのぞきこまれる。
「映画思いだしてたの?」
「……うん」
「そう。ねえ、あしたの朝ハーブティでもいれてあげるよ」
ハーブティはさっきの映画のヒロインのすきなもの。キジっちゃんのキザなところはたまにはなにつくから、ココアがいいって言ってあげた。かわいくないね、とキジっちゃんが笑う。それじゃあ、未知は私のためにコーヒーをいれるんだ。うんと濃いやつ。そうささやくキジっちゃんのほほをなでた。さっきとおなじでしめってる。
「ないていいのに」
「……」
「キジっちゃんがなかないから」
キジっちゃんはだまって、じっとあたしの目を見た。キジっちゃんの目はずっとまっすぐですこしつめたい。それはこわいくらいだった。あばかれそうで。でもこの目においつめられるのはきらいじゃない。あたしってマゾだったのかな。
「……告白するよ」
緊張したまじめな声だった。すこし熱をおびたそれはぞくりとせすじをはう。視線といっしょになってあたしをおいこむ。
「私は、ないてる未知がすきなんだ。とっても」
「……キジっちゃんてさいてい」
「ココアにはちゃんと砂糖をいれてあげるよ」
ずっと目を見ていた。キジっちゃんが視線をはずしてくれないから。あたしからうつむくのはいやだった。あたしはキジっちゃんのほほにふれながら、なみだがあふれてくるのを感じた。
「ないていいのに、なかないからだよ」
ほんとうは、さいていなのはきっとあたしもおなじなのだ。あたしもとってもすきだもの。キジっちゃんはしらないだろうけど、あのヒロインがハーブティをあいしてる度合いの何倍も、あたしはなけないキジっちゃんがすきなんだもの。それをすなおに言えたらいい。だってあたしは、さいていなキジっちゃんも笑っちゃうくらいあいしてるから。
07.09.14 やさしくあいして