みじかい電子音の連続。五回ほどきいてから電話だと気づいた。順にむりやりつけられたぶさいくな携帯のストラップをつまんでひきよせて、液晶にうかんでいるなまえが意外な人物でおどろいた。

「ひさしぶり」

 たしかにひさしぶりだった。いつぶりだろう。順主催のミニ同窓会以来か。そしてそんなひさしい連絡だったっていうのによびだしをかましてくれた夕歩にわたしもひさしぶりと言った。夕歩にうながされて奥へすすむ。夕歩の実家。いちどしかきたことはなかったけど意外と道はおぼえていた。

「ごめんね、よびだしちゃって」
「いや。わるいのはあのばかでしょ」

 しんそこうんざりした声で言ったら夕歩が笑った。ねえ、綾那が原因なんでしょ。さきほどの電話とで言われたのとおなじ台詞だった。わたしは顔をしかめて見せてからため息をつく。とりあえずそのとおりだった。まあ、原因を思いだしたのはさっきの電話でそう言われてからだったけど。

「さいきんどう?」
「あいかわらず。それなりにいそがしくやってる」
「そっか」

 おたがいの近況報告をする間もなく夕歩のへやにたどりついた。さらりとふすまをあけるとひくいテーブルのかげから順の頭が見えた。

「おい。おきろあほ」

 ぐでんとのびている順の横腹をかるくける。ぐえとうめいたけど順はおきない。手間かけさせんなよくそ。

「夕歩に迷惑かけるな、かえるぞ」
「……あやな」

 床にころがってるからの缶やらビンやらをおしのけて順をひっぱる。かたづけは夕歩にまかせなくちゃならないなと思った。とりあえずいまはこの粗大ごみを始末しなくては。あー酒くさい。

「じゃああいつは回収してくから。ごめんね夕歩、迷惑かけて」
「順が迷惑なのはいまにはじまったことじゃないしね」
「……そりゃそうか」

 おたがい苦笑いして、またねと言ってわかれる。順を助手席につっこんである車にのりこんでキーをさす。静馬家の門のまえで見送ってくれている夕歩にかるく手をあげてみせてからアクセルをふんだ。

「……綾那だ」

 しばらくすすんだところでとなりから声が聞こえた。よっぱらいが目をさましたらしい。

「あんた、夕歩の実家でよいつぶれるって、なにかんがえてんのよ」
「……」
「あんたらしくもない」
「……」

 だまりっぱなしの順。どうでもよくなってきたのでわたしもだまった。するとそのとたん順が口をひらく。だれのせいだと思ってんの。不本意ながら、ぎくりとした。

「きょうはデートなんじゃなかったですかねえ」
「……」

 そのときちょうどさしかかった信号は黄色かったけどブレーキはふまなかった。ああちくしょうこいつをそとにほうりだせたらどんなにいいか。

「しょうがないでしょ。補講だったのよきょう」
「それはただのいいわけ。素直に言えば? わすれてたって」
「いやまあ、それは」
「連絡くらいするもんねえおぼえてれば。あたしどんだけまってたと思う? 5時間よ5時間!」
「そっちこそ連絡してくれれば」
「どのくちがそれを言うかね。電話何十回もしたしメールだって」
「それは、マナーモードにしてたから気づかなかった、っていうか」
「だいたい履歴のこってんだからおりかえし電話したりするでしょふつう」
「い、いつもの無意味ないやがらせかと思ったのよ。日ごろのおこないがわるいからでしょうが」

 やばいなあと思う。今回のは確実にわたしがわるい。すなおにあやまればすぐにゆるしてくれるんだろうけどひっこみがつかなくなったんじゃしかたがない。わたしはとりあえず運転に集中することにする。

「あんたはほんと、さいていの女だよ……」

 しおしおと順がしおれて助手席からすべりおちていった。わたしはそれを無視する。全力で無視する。順の言うとおり、さいていの女なのだ、わたしは。

「……びだったのに」
「あ?」
「きょうなんの日かわすれてるわけ?」

 ひくい声。すこしおこった声。苦手な声だ。わたしは赤信号につかまったのを合図に順を見た。

「誕生日でしょ、わたしの」
「……うわあ、おぼえてたよ。おぼえてたくせに」

 いや期待はしてなかったよ、してなかったさ、綾那だもん。だけどさ、それはさすがにないんじゃないの? あたしさあ、超素敵なデートプラン用意してたわけ。だれのためだと思う? ほかならないあんたのためよあんたの。わかってんの、それをあんた、すっぽかすって、もう、しんじられませんよ順ちゃんは。
 ぶちぶちとことばをひねりだす順から視線をはずす。信号が青になったから。ゆっくりと発信させながら、おぼえてたわけじゃないんだけど、とかんがえる。それから、ポケットをまさぐって指先にあたったものをひとつ順になげつけた。わ、と順が声をあげる。

「……なに、あめ?」
「あげる。夕歩にもらったの、さっき。誕生日おめでとうって」

 そう、おぼえてたんじゃない、さっき思いだしたのだ。

「……まあ、わるかったわよ、わすれてて。いろいろ」

 かさかさとあめのつつみがみをやぶる音を聞きながらそっけなく言った。んまい、夕歩のくれたあめはやっぱっちがうわ。順がおおげさにため息をつく。

「やきにくおごってくれたらゆるそう」
「却下」
「綾那さあ、自分の立場わかってる?」

 きげんをなおしたらしい順がくっくと笑う。あめだまひとつでかたづくとはやすいやつだ、ほんとに。

「夕歩にさきこされちゃったけどー。おめでと綾那」
「んー」
「お、てれてるね綾那さん」
「はいはい。そもそもこのとしになるとそうめでたいもんでもないし」
「そりゃそうか」

 あは、と笑ったあと順は鼻歌までうたいだす。きげんをなおしてくれるのはいいが上機嫌になられたらちょっとうざい。しかも曲目は誕生日の定番のあれだ。うざい、と思わず本音を口にしたら、なぜかてれるなてれるなとかたをたたかれた。やっぱり上機嫌の順はうざい。

「あー。タバコすおっと」
「あんたあめなめてるでしょ」
「もうとっくのむかしになめおわったっての。あたしの舌技をなめないでよ」
「……あんたはほんとに意味不明にきもちわるいな、いちいち」

 わたしは車を道ばたによせた。もとからひとけのなさそうな道だけど、時間が時間だけにひとっこひとりいない。なに、どしたの。目をぱちぱちとさせている順からタバコのはこをうばう。

「いっぽん」
「またー? もらいタバコばっかしてるときらわれるわよ」
「大丈夫、あんたにしかしないから」
「……なにそのくどき文句」
「あほか」

 いっぽんとりだしてから順のひざのうえにちいさなはこをほうりなげる。それから火をもらおうと左手をさしだしたらライターのかわりにとっくに赤くなってる順のくわえたタバコを目のまえにもってこられた。

「ひ」
「……」

 どうやら本気でライターはかしてくれないらしい。しょうがないので順がくわえているタバコのさきに自分がくわえているののさきをくっつけた。すっと息をすってけむりの味をたのしむ。

「どうよあたしのからもらった火ですうタバコは。格別っしょ」
「べつに」
「あっれーおかしいな。愛情もおくりこんだのに」
「きもいぞよっぱらい」

 いっぽんすいおわってからもういっぽんうばいとって、それからやっと車をだした。さて、あとはこいつをアパートまでおくりつけてから我がぼろアパートにむかうだけだ。というのに、しまったいらん欲求が顔をだしはじめた。それからさっきの順のひとことが頭をかすめる。あーあと思った。いまさいふいくらはいってるっけ。

「……やきにくいくか」

 つぶやいたら、順がえっとおおげさなほどおおきな声をだした。うるさい。

「うそまじ? 綾那のおごり?」
「さあ」
「あーいやまって、よくかんがえたら綾那誕生日なんだからあたしおごるって」
「いやきょうのおわびだし」
「いやいやいや」
「じゃあ割り勘でいいんじゃないの?」

 そこでふと思いだして、ポケットからもういっこの夕歩のあめだまをとりだして口にほうりこんだ。レモン味。あっ、綾那ずるい。と理不尽なことを言いだす順をあんたはさっきくった、と一蹴してアクセルをふむ。それから気づいた。となりのばかがうるさいのをのぞけば、もしかしたら、けっこういい誕生日なんじゃないのか、きょう。なんとなく気分がよくなってきて、いまならほんとにやきにくおごるくらいしてやってもいいな、と思った。

「おなかすいたよ綾那」
「はいはい」

 まあけっきょく、順におごらせたんだけども。
07.10.07 みおろせ世界