クロにさわるのはきらいだ。
「あやな、どこいくの?」
「どこだっていいでしょ」
クロの手をひく。わたしがおおまたですすむからクロはこばしにりわたしのあとにつづく。
「あやな」
こまった声。こまるならこの手をはらえばいい。クロがそんなことしないってわかってるから、わたしはこころのなかでそう言った。
どこにいこうとしてるかなんて自分でもわからないし実際いきさきはない。つまりノンストップ。どこまでいけるかあと何歩すすめるか。さきは見えないのにおわりは感じるってどうなんだよくそったれ。
「わたしは、あんたにさわんのがきらい」
だって、あんたがすくむから。いつもうざったいくらいわたしにくっついてくるのがただの冗談だって思いしらされるから。
「だからわたしはあんたがきらい」
いっそのことないてくれたらいい。そうすりゃ、わたしだってなけるんだ。
07.08.05 アドミッティングトゥサンクチュアリ/綾クロ
へんなもんを見つけた。
「……」
芝生のうえにねころがって寝息をたてているこども。名前なんてったっけ。あーやべえどうでもいい。
「おい。くそちび」
おきない。まあさいしょから期待なんてしてなかったが。しゃがんでのぞきこんだ。しあわせそうなつら。はなでもつまんでやろう。
「……んが」
まぬけな声だなまぬけな顔におにあいだ。ふんとはなをならしてからたちあがる。ってかここはいっちゃだめなんじゃなかったっけまあいいか。とりあえずつぎ見つけたら顔にらくがきしてやることにしよう。
……と思ったけどどこからかしらないが一部始終見ていやがったらしい紗枝にさんざんからかわれたからやめた。
07.08.05 トラップオブザスモールマウンテン/神+クロ
「ちょ、ちょっとまって先輩」
「ん、どうして?」
ん、って。どうして?って。わたしはがく然とした。それから必死にうつむいた。
「だって、急に」
「急にじゃないわ、ずっとよ」
ずっとってなに。ずっとこんなことしたかったってことだろうか。
「ゆかり」
先輩がわたしをよぶ。いつもとかわらない声。先輩の声。すぐちがくにあって、わたしはかべぎわにおいつめられて視界には先輩のかたしかない。ああ、と思った。もうだめかも。
先輩はわたしのあごをとったりはしない。つまりわたしが自分でうえをむくのをまっている。
「……せんぱいはいじわるですね」
「そうかしら」
自覚ないのがしんじられない。このひとを思いっきりひっぱたけたらどんなにいいんだろう。どうせ先輩は、わたしがそれをできないってしってるからこんなことできるんだ。それがずるいって言ってるのに、先輩はごく当然なことをしているつもりなんだ。なんで、と思う。
「ゆかり、かわいい」
わたしは先輩の鎖骨のそばに手をおく。緊張してるのがばれないように制服のえりを思いきりつかんでひきよせた。せめてわたしからキスすれば、先輩だってちょっとはどうじてくれるはず。
「……」
でもだめだった。こしがくだけたのは、結局わたしばっかりだった。
07.08.05 きょりのそうい/槙ゆか
なんだこれ、と思ったけどなにも言わなかった。なのに紗枝は勝手に解説をはじめる。
「これ、玲ににてたから」
ころんとてのひらのうえでうすい黒の小石をもてあそぶ。にてるってどこが。それをうばおうと思ったら手をひっこめられてかなわなかった。
「あたしはそんな小物かよ」
「かわいいじゃない」
そっくりでしょ。紗枝がそれを窓のさんにおいた。きっとそれはあしたにはもうなくなっている。紗枝はいつだってそうだ。なんでもかんでもあたしににてるって言って、そのくせつぎの日にはもうわすれているのだ。言っちゃわるいが、意味不明だ。
「だって、玲がいるからそれでいいのよ」
「……」
エスパーか。たまに本気でそう思うがきっとそれはちがう。ただたんにあたしがわかりやすいだけだ。紗枝にとっては、っていう条件つきで。あたしは無表情をつくってみる。それからさっきの小石をながし見た。あたしがいてそれでいいってんなら、なんでそんなもんひろってくんだよ。そうかんがえたけど、似非エスパーの紗枝はこんどはもうこたえなかった。
「玲」
そのかわり、やけにやわらかくあたしのかたにふれた。さっきまであたしににてるらしい小石をつつんでいたてのひらが、こんどはあたしのみぎかたをゆるくおおう。耳に紗枝の唇の気配を感じる。
「あきら」
「……ああ」
手をのばした。紗枝のほほにふれようと思った。でもできなかった。なぜかといえば、紗枝がするりと身をひるがえしたから。
「……おい」
「わたし、もう寝るわ」
は? いきばをうしなったあたしのひだりうでがちからなく床におちた。おいおいおいおいどういうこった。あたしはさっさとベッドにもぐりこんで本気でねるしたくをしている紗枝をにらむ。でもこっちを見ないのでベッドのそばによって紗枝の顔のよこに手をついた。
「さそってたんじゃねえの、いまの」
「だって、簡単にさそいにのられちゃつまんないんだもの」
見おろした紗枝はたいくつそうな顔で言う。あたしはなにも言えない。意味わかんねえ。意味わかんねえぞくそ。
「おい紗枝」
「おやすみ」
いつもとおなじ口調で言って、紗枝はふとんを顔までかぶる。外界との接触はすべてシャットアウト。あたしは紗枝を見おろしたままの体勢でかたまる。かたまるけど、ずっとそうもしてられないのでベッドからはなれた。
「……」
言ってしまえば、この状況ならあたしが紗枝におそいかかってもだれも文句は言えない。さそったのは紗枝なのだ。それだというのに、紗枝がもう話しかけるなのサインをだしたとたんどうしようもなくなるなんてなさけないにもほどがある。ちくしょう、これじゃあ小物も同然だ。紗枝のもってきた小石はもしかしたら本気であたしににてるのかもしれない。もういちど紗枝のほうを見る。紗枝はうごかない。
「……だっせえ」
紗枝にはきこえないよう小声で言って、あたしは窓のさんに放置された自分の分身をつかんでちからいっぱい窓のそとになげつけてやった。
07.08.21 ルービックガール/神祈
「くびしめてあげようか」
あやなはその台詞がすき。口ぐせだといっても過言じゃない。あたしは見おろされながら、あやなのゆびさきのゆくえを観察することにした。
「ねえ、その顔はらたつ」
ひくい声だった。たのしそうだなあと思った。あやながたのしいとあたしもうれしい。笑いそうになったけど、あやなのためにがまんしよう。わざと表情をけしてみることにした。
「あたしころされんの?」
「だまれ」
すこしたかい声。あやながおこった。あたしの汗ばんだくびすじにあやなのひえたゆびがはった。きもちいいよあやな。
「あやな、ちゅうしたい」
「わたしはしたくない」
いつまでもあやなはうごきださない。いつだってそうだった。あやなのそれはたわむれにおわるのだ。だからあたしはいつもかんがえる。きっとあやなは、くびをしめたいんじゃない、しめられたいんだ。だけど、あたしじゃだめだ。あやなのくびにはあたしのひよわなうでなんかとどかない。
「あやな、ケーキたべたいよ」
「……わたしはたべたくない」
「モンブランがいいな、あまいやつ」
「かってこいっての?」
「えへへ」
「……」
あやなは、きっとケーキなんてかってくれない。あたしだって、あやなにはなにもあげられないんだから。
07.08.22 すりガラス/綾クロ
寮のなかのコインランドリーへいったら、りおながいた。ベンチにこしかけてうつむいている。
「あ、桜花」
ねてるのかと思ったのもつかの間、りおなはすぐにわたしに気づく。笑いかけられて、わたしはどういう顔をしていいかわからなくてなにもかえさないで洗濯物をほうりこみにいった。まるで無視したみたいだけど、いつもこんなふうだからわたしはなにも思わないしりおなもなにも感じていない、たぶん。
ちらりとりおなのほうを見たら、にこにこしながらわたしを見ていた。つまり目があった。しょうがないからベンチにすわるりおなのとなりにこしかけた。
「あした英語の小テストがあるんだけど、桜花のクラスはもうやった?」
「やったけど」
「むずかしかった?」
「べつに」
ほんとうにけんかをうってるかのような返答だと自分でも思う。会話のはずませ方なんてしらない。それだというのに、りおなは表情をゆるめたままいやな顔ひとつしない。
ふと気づいた。りおなのひざのうえにのっているひらかれたままの本。さっきうつむいていたのはこれのためか。わたしがそれを見ていることに気づいたりおなは、それをぱたんととじた。
「よめばいいのに」
「え、うん」
やっぱりにこにこ笑いながら、こんどはそれをりおなをはさんでわたしと逆側のベンチのうえにおいた。まるでわたしからかくすみたいに。
「よまないの?」
「本はいつでもよめるから」
じゃあ、いましかできないことってなんだ。そうかんがえてから、思いあたった。つい顔をしかめてしまった。てれかくしだとばれていなければいい。
「そうだ、こないだね、新発売のおかしをかったんだけど」
りおなはあいかわらずたのしそうにおしゃべりをする。わたしはあいづちだってろくにうたずにききながら、はやく洗濯がおわってくれればいいと思った。
07.08.25 かぜのまぼろし/鬼宝
みずちさんによばれるのはこわい。うれしいけどこわい。どうしてかはわからない。けどきっと自分自身のせいだと思う。
「蒼」
しずかでながれるようで、それなのに色がないようにもしかしたらなにもないかのように。みずちさんはきれいなのだ。事実がどうかなんてしらない、わたしにとってはみずちさんは神さまよりもおかしがたい存在でつよすぎておおきすぎてそばにいたらくるしい。ぜんぶ思いこみでかんちがいで自意識過剰なんだって言われたらそれでおしまいだけどそんなのほうっておいてほしい。わたしにとってはそうなんだもの。
「みずちさん」
みずちさんのなまえをよぶのはすき。とてもすき。だけどみずちさんはずっととおいから、わたしの声がほんとうにちゃんと正確にとどいているかとても不安になるけど、みずちさんにとってはそれはきっとどうでもいいことで、みずちさんがわたしのなまえをよぶことができればそれでいいのだ。わたしはそれをさみしいと思いたいけど、それじゃあだめで、そうなのだ、わたしはこれ以上をもとめちゃだめになる、きっと。
そんなことでいつもわたしはなにもできなくなる。被害妄想なんだって理解したいのに、それをこころから納得したことはない。やさしいみずちさんを、わたしはうたがってしんじられないでいるのだ。どれもこれもわたしだけのせい。わたしがよわいから、しんじるのがこわいから自信がないから。
「みずちさん、わたし、みずちさんがすきなんです」
となりをあるいてくれているみずちさんのそでにゆびがのびた。つかむこともできなくてただふれた。わたしはみずちさんにふれることができる、それはとてもうれしくてこころづよいことなのに、同時にとてもおそろしくて、どうしてわたしはこうなんだろう。みずちさんはわたしのことをどう思ってるの?
「……そう」
いまのがわたしのなまえをよんでくれたのかそれともただのあいづちだったのかわからないけど、やっぱりすこしこわくなって、それなのにひっかけるようにつかんだふりしたみずちさんのそでから手をはなせないわたしはけっきょくどうしようもないんだなと思った。
07.10.13 とわの異空間/みず蒼
しんじゃいたい、とこいつはよく口にする。そのたびなみだもいっしょにながすから、ふしぎとなれることのできない私はいつもぎょっとするのだ。
服をきせろと手をのばされて、しぶしぶを気取って自分のものをきせてやる。若干おおきいからすこしまぬけな風体だけど本人は気にしていないから私も気にしない。ねむたいこどものように目をこすって、それなのになみだはとまらない。そのあいだに自分も服をきこんで、私のベッドのはしにこしかけるしにたがりのよこを陣取った。ほかにうばおうとするやつなんていまはいないよという無粋なつっこみはいらない。
「それってすごく不健全だと思うんだよ」
「じゃあこれは健全?」
「もちろんね。こんなに気持ちいいんだから」
「だけどもしかしたら、しぬのも気持ちいいのかもしれない……」
私はしにたい気持ちなんてわからない。だからとめることもできないしうながすこともできない。そもそもこいつがなにを言ってほしくてしにたいと言うのかもわからない。いつだってこいつには本気の気持ちをつたえたいから不確かなことは絶対に口にしないことにしている。なんて一途でまじめで不毛なんだろう、はずかしさにわれながら感動する。
「それはさ、背徳感? それとも遠まわしにもう私と寝るのはいやだって?」
「……いじわるね、きょうは」
ざんねん、私がやさしかったことなんてないよ。全部そっちの勝手な解釈でしょう。よくわからないけどなけるんだとまえに言っていた。それをゆびのさきでぬぐいながら何度も自分の口にはこんだ。他人のまえでなにかを口にするのはすきじゃない。私はいつもそういうことをこいつにつたえているからしられているはずで、だから私はこいつのまえではそういうことを我慢しない。私は常にあんたは私にとって他人じゃないっておしえようと努力している。これはつたわっているかは謎のまま、だからあんた自身もたべてしまおうと思うわけ。
「じゃあ、こうしよう。しぬときはいっしょ。ね」
「……それなら、いま」
「却下だ、いまはだめ」
「なんで」
なんでもだ。言いくるめようとしても納得しないのはわかっているから誓約書でもかいてみよう。私は私の勝手にしにません。あなたもあなたの勝手にしにません。私たちはいつかいっしょにしにます。ちらしの裏にでかでかと誓約書と銘打てば、いつかだってとこいつは笑った。じゃあ名前をならべてかこう、それから血判もつけてしまいましょう。きったゆびの手当てはまかせなさい、専門分野だ。
「そのかわり、私の手当てはあんたの仕事」
「めんどくさいな」
黒い髪がさらりとゆれた。まっすぐな普段のすがたは私のまえではなりをひそめる。心地いいんだ、それが。かたにあたまがのってねむそうなまつ毛がよく見えた。ひとみはひざのうえにのせたきたない字のちらしの裏にとらわれて、ゆっくりゆっくり文面をなぞる。それは机のうんとおくにしまっておけ、だれにも見られないように、私たちだけのひみつだよ。耳元でささやけば、かわいいことを言うとおどろかれた。
「私はかわいいさ、ことにあんたのまえではね」
口説けばかんたんに顔を赤くする。しにたいやつがそんな顔をするんじゃないよ、そんなしあわせそうな顔をね。そういう思考に矛盾して、すこしだけ、いましんでもいい気がした。
08.07.13 はじまりとおわり/キャプリー