ねむりからさめるときは、ふわりとうかぶ感覚ににていた。けだるいまぶたをぼんやりもちあげて、わたしはうすぐらい室内を見つける。はずだったのに。
「おはよう」
「あれ……」
そんなものよりさきに、となりにころがるつまらなそうな顔したチエちゃんを見つけた。あれっと思って思わずからだをもちあげたら肩までかかっていたシーツがするりとおちてはだかの胸元があらわになった。
「あ…そっか」
「腕、しびれた」
チエちゃんのつぶやきに、自分のあたまがのっていたまくらのほうを見るとチエちゃんの腕があった。それからそのしびれたらしい腕で二の腕をつかまれてひっぱられる。わたしはあっさりともとの体勢に逆もどり。
「ごめん、ねちゃった。チエちゃんは」
「おきてたよ」
「どれくらい」
「一時間くらい」
天井にむきなおって、チエちゃんはわたしといっしょではだかの右腕をぐっとのばす。それからてのひらをとじたりひらいたり、横顔はあいかわらずつまらなそう。
「一時間も、なにしてたの?」
「アオイ見てた」
「一時間もー?」
よくあきなかったね。すこしよって、天井にのびるながい腕に手をそえてゆっくりなでたらくすぐったそうにひっこめられた。うでまくらしてくれてたのとたずねると、アオイが私のうえでかってにねちゃったんだよと言われる。
「そっかあ、どうりで夢見がわるいわけだ」
「あ、アオイねえ……」
「うそだよ、ありがと」
こんどこそちゃんとその手をとって、ゆびさきにくちびるをよせたらチエちゃんはてれくさそうにまゆをよせた。いつもは気どっているくせに、たまにそうやって感情をかくそうともしないそぶりをするのはちょっとずるいと思う。ひょっとしたらわたしのまえだけなんだって、そういうこと思わせたいのかななんてうたがわずにいられないくらい。
「ねえ、わたしがねちゃったからそんなにきげんわるいの?」
「べつにわるかないけど」
「うそ、さっきすっごいつまんなそうだったよ、ちょっと傷ついちゃった」
「……そりゃあやっぱり」
うごいてるアオイのほうがいいなって、10分くらいまえから思いはじめたから。ちゅっとわざとらしい音をたてて、こんどはチエちゃんがわたしのてのこうにキスをした。やっぱり気どっているポーズに、思わずふふと笑ってしまう。そっか、さみしかったの。よしよしとあたまをなでてあげると、手厳しいねえアオイはとチエちゃんはくちびるをとがらせる。
「でもすごいね、わたしだったら10分しないうちにあきちゃうよ、きっと」
「……」
それから、わたしの故意のつれない台詞にすなおにショックをかくさないチエちゃんは、やっぱりうたがってあげておあいこなくらいにかわいいのだった。
のどかわいたな。それからしばらくベッドのなかでじゃれていて、ふと思ったことを口にしたらチエちゃんは即座にからだをおこした。
「ん」
「なにがいい?」
「あ……冷蔵庫水はいってる。ペットボトル」
「はいはい」
よこたわったままのわたしの前髪をなでて、チエちゃんはさっさとへやをでていった。なにもきていないせなかをぼんやり見送って、ああいうとこがだめなんだと思った。あんないとも簡単に気をまわされたんじゃ、ほかのひとにもあんなことしてるのをすぐに想像できてしまう。わたしは意外と嫉妬深かったみたい。わりとひとには頓着しないつもりでいきてきたけど、チエちゃんのせいでわたしがいままできずいてきた自己像がぼろぼろとくずれていくことはままあった。もどってきたとたんわたしがぶうたれた顔をしてたら、チエちゃんはどうするかしら。しかえしにはちょうどいいな、なんて、こんなかわいらしいこと本気でできる気がするなんてわたしもまだまだわかい。
「はいどうぞ」
けっきょく笑顔でうけとって、再度チエちゃんをシーツのなかにむかえた。ふたりでならんでベッドのうえにすわって、ひんやりしたプラスティックの表面をほほにおしつけてつめたさに息をつく。セクシーだね、とひやかすチエちゃんを無視してひとくちのむと、つめたい液体が思っていた以上にかわいていたのどをしっとりながれた。チエちゃんも、とさしだすと躊躇なくおなじのみくちに口をつけたのを見て、間接キスだねと笑ってみせると、いまさらとチエちゃんは肩をすくめた。
「うん、いまさら……、ね、キスしよっか」
ボトルをつかむ手にふれると、チエちゃんはすこし目を見開いた。
「間接じゃたりない?」
「ぜんぜんたりない、……」
手にそえていたてのひらを、こんどはチエちゃんのほほにすべらせて、そっとよせようかと思ったらそのさきに肩をおされた。ぽすんとせなかが白いシーツにおちて、顔のとなりにチエちゃんが手をつく。ぎしと音がなった。
「水、こぼさないでね」
「こぼさない……」
ペットボトルをわきにおくのも億劫みたいで、チエちゃんはつめたい水が半分以上はいったのをてのひらでささえたままわたしにかぶさる。黒いかげといっしょにチエちゃんのくちびるがおちてきた。なんどもほほにふれて、じらすうごきで目的の場所はかすめるばかり。じれったくなってこっちから首に腕をまわしてひきよせると、うんとチエちゃんが声をあげる。はなさないつもりでくちびるでくちびるをふさいで、抵抗しないそこを舌でわってすべりこませると、わたしのうごきを阻止する舌づかいでからめとられた。こういうことに関してチエちゃんにかなわないのはわかってるから、早々にあきらめてチエちゃんのリズムにあわせる。ほんとはにげるのを無理矢理あじわうのがすきみたいだけど、そんなサービスはたまにしかしてあげない。わたしだってたのしみたいのだ。
はあ、とおたがい息をついてはなれた。ぬれた自分のくちもとをてのこうでぬぐってから、チエちゃんはわたしのくちびるにゆびをはわせてきれいにしてくれた。
「どうしよ……またもりあがってきちゃったね」
「ん…そうかな」
「また、そんなこと……」
こんどはくちびるが首筋をかすめる。これはまずいと思って、わたしはそっと肩をおしかえす。チエちゃんが意外そうにまばたきした。
「キスしよっかとは言ったけど、それだけ」
「い…、うそ」
「ほんと」
見おろす視線を見かえして、わたしはすこし息をのむ。この体勢が、いちばんきれいに見えるのだ。ぜんぶがわたしにむかっておちてきて、にげられない錯覚をあたえてくれる。それがわずかにしあわせで、すこしこわい。うすい暗闇にうかぶほほにゆびさきをそっとのばした。
「ねえ、わたしこうやってチエちゃんに見おろされるの、すき」
「ん……」
「わたしのぜんぶがチエちゃんのものになって、それってチエちゃんがぜんぶわたしのものになったみたいな、それににてる。すごく、興奮しちゃう……」
「……」
チエちゃんのすずしげな視線はそれない。かわりに手がうごいて、へそのしたあたりをなであげた。こらえきれなくてあつい息をはくと、チエちゃんはすねた顔をする。
「アオイは、ずるい。ねえ、私だってすこしくらいアオイのことしってるよ。いまはキス以上のことしたら本気でおこる」
「うん……すこしだなんて謙遜しないで。ぜんぶばればれ」
「自信ないんだ、言わせないでよ」
なさけない声でささやいて、わたしのあたまのとなりにぽすと顔をうずめた。くぐもった声でそれからもなにか言ってたけど聞かなかったことにしてあげる。かわりにぽんぽんとあたまをなでるとチエちゃんはシーツにおしつけていた顔をあげた。半分は白にうまったままの、片目だけの視線がすねたこどもでたまらなくなる。
「チエちゃんって、たまによしよししたくなっちゃう」
「いつもされてるよ……」
うんざりした声をつくって、チエちゃんがからだをおこす。そんな不服そうな顔して、意外とまんざらでもないくせに。そう言ってやろうかと思ったけど、さすがにあそびすぎなので笑うだけにした。チエちゃんはペットボトルをやっとわきのテーブルにおいてベッドのへりにこしかける。
「やらしい気分になったらそんなふうに饒舌になるでしょ、それにそんなかわいい顔して、でもだめだなんてね、もうおてあげだよ私は」
せなかがなさけなくちぢこまっている。とっくのむかしからあそびすぎだったみたい。わたしはちょっとあせって、自分もからだをおこしてそのせなかににじりよる。
「ね、おふろはいろ。いっしょに」
「……」
「いや?」
「……やじゃない」
そんなわけないよ、と、肩ごしにのぞくとうらめしげなよこがおがあった。チエちゃんはわたしをあまやかしてばかりだ。思うことがあるなら言ってくれればいい。こんなご機嫌とりはやめてくれないかい、まえから言おうと思っていたんだけれどね、きみは私であそびすぎだよ、寛大な自信はあるけれど、そろそろ堪忍袋の緒が限界なんだから。感情的になることがめったにないチエちゃんにしかられるシュミレートをしてみたけど、それにごめんとひとことあやまったらあっさりゆるしてくれてがっかりした。なにせわたしが想像したチエちゃんなんだからほんものときっと大差ない。こんなこと本気でかんがえてるなんてしられたら笑われるだろうか。
チエちゃんとおなじようにベッドにこしかけて、のぞきこんでじっと目をみながらそんなことをかんがえていたら、なにか言いたげな表情のままチエちゃんがすっとわたしの耳元にくちびるをよせてささやいた。
「そんなきみもあいしてるよハニー」
「……えー」
すこしあつい息をみみたぶに感じながら、わたしはくちびるをとがらせる。まったくこういう意味不明な軽口は達者なくせに。はあと思わずため息をついたら、いやまじでわからんじゃあいまなんて言えばよかったわけ?とチエちゃんが腕をくむ。よっぽど自信があったのかと思うと、ほかの子にはそういうの通用するの、とのどまででかかってしまってあせった。このたぐいの質問はダメージがおおきすぎる。チエちゃんにだけじゃなくてもちろんわたしにとっても。
「……おふろ」
うーんとうなりっぱなしのチエちゃんの肩に頭をのせたら、すっかりわすれていたらしいチエちゃんがああと言った。それからなにも言わずにたちあがって風呂場へむかおうとする手をとった。
「わたしもいく」
「ん……お湯ためてくるからまってて」
だからそれについてくんだってば。きょとんとしているのを無視してわたしもたったら、チエちゃんは釈然としない顔のままうなずいた。それからベッドのシーツに手をのばしてばさりとひろげる。それのゆきさきはわたしの肩のうえで、くるりと全身をつつまれた。
「女の子がからだひやしちゃだめだからね」
「……」
自分のかっこうを見てから言えばいいと思った。
08.02.29 まえとうしろ
つづく