「しんじまえ、ばか!」

 てどなりつけられてでてっちゃったんだって。

「あいつなんでもかんでもぜんぶあおいに言うからやだ」
「やー。つまりおうちにちゃっかりつれこんじゃってるわけだよね、それって」
「は……」
「て言ったらあんたらいっしょにすんでんじゃんって言われちゃったよ」

 やきもちやいちゃってねえ。ソファのうえでひざをかかえてる奈緒ちゃんの顔をとなりからのぞきこんでそう言ったらそっぽをむかれてしまった。なんでしんじまえって言っちゃったの。もうわすれた。すねた奈緒ちゃんはもうこっちをむいてくれない。

「千絵ちゃん、やさしくないの」
「あいつがやさしいとかきもい」
「うーん、すきなひとはいじめちゃうタイプだったのか」
「……」
「あ、いますきなひとってとこにてれたね」

 にやけてみせたらすごい顔でにらまれた。千絵ちゃんはもうおこってないと思うのね。でもあたしはまだおこってるもん。おこった理由もわすれたくせに。

「奈緒ちゃんっていじわるなひとがすきなのかしら」
「あたしマゾじゃない」
「ね、わたしはやさしいでしょ」
「本気で言ってる、それ」

 あおいも充分性格わるいから。自覚ないならなおさら。奈緒ちゃんがふんとはなをならして、のどがかわいたと言うからやさしいわたしはジュースをもってきてあげた。奈緒ちゃんってばそういうこと言うくせにたまにきゅうにあまえたがりなんだから。オレンジジュースをすする横顔をながめながら、千絵ちゃんにはどんな顔してあまえるんだろうと思った。

「よし、きょうはいっしょのベッドでねようか」
「ぜってーやだ」
「くっついてればおちないよ」
「そういうことじゃなくて……」


 ふたりのベッドはいつもよりあったかいのだ。わたしにせをむけてまるまっている奈緒ちゃんの後頭部をじっとみつめて、そしたらどんな表情をしてるかわかるかな、なんてそんなことあるはずないんだけど。つんつんとせなかをつついてみてもリアクションなし。

「てれてるの」
「……」
「なーおちゃん」
「きょうのあおいむかつく」
「……」

 しまった、ちょっとうかれすぎた。ちがったうかれるふりをしすぎた。すこしひくい声に狼狽してしまう。沈黙がおもい空気を演出した。だまる奈緒ちゃんとだまるわたし。ねえねえ奈緒ちゃん、いまなにかんがえてるの。千絵ちゃんがいるのにわたしといっしょにねてるなんてとか、そんなかわいいことをひょっとして……。
 ふいに目があった。さぐるような目。シーツと前髪のすきまからまるでなきそうな。わたしがきょとんとしていたら、奈緒ちゃんはすぐにぷいともとにもどってしまった。え?

「あ、あ。わたしがおこったと思ったんだ。だまっちゃったから」
「う…うっさい」
「やーん。かわいいなあ」
「うっさい。きもい!」
「てれんなよう」

 ふしぎな感じだった。かんたんに言ってしまえば、奈緒ちゃんはまるくなった。むかしだったらこんなすなおなようすはみせてくれなかったと思う。奈緒ちゃんだっていろいろあるし成長くらいするんだから当然なんだけど、なんだかまるでそれが千絵ちゃんのおかげの気がしてならなくて、よろこばしいことだってくらいわかってるんだけど。

「かわいいなあ。あした千絵ちゃんにじまんしちゃおっと」
「な…なにを」

 そんなあせった顔をするのがずるいのだ。きっとかくしてるつもりなんだろうけど、なんてったってそれなりのつきあいなんだから見わけ方くらい身につけた。

「うそだよ、千絵ちゃんって案外やきもちやきだから。さっきの話もだけどね。見せないだけで」

 千絵ちゃんのことだってね、それなりにはわかってるから、わたしはちゃんと助言をあげる。ほしがってるかどうかはべつとして。かたごしにわたしの表情をぬすみみている奈緒ちゃんのからだをひっぱってわたしのほうにむけた。ぱちぱちしてる両目と目があう。

「んで、ちゅうくらいはした?」
「はあっ?」

 眠りにおちるすこしまえに、そんな話をしたせいだ。どうしようもない夢をみて、おまけに夜中に目がさめた。枕もとのデジタル時計は午前二時をすぎたところ。からだはもちあげないまま、となりのしずかなねがおをながめる。

「……あほだわ、わたし」

 奈緒ちゃんとキスする夢。わたしからしたのか奈緒ちゃんからかはおぼえてないけど、奈緒ちゃんはキスが上手ね、なんてあたまのわるそうな自分の台詞はいやになるほどはっきりおぼえていた。
 ほんとは、奈緒ちゃんのことだって千絵ちゃんのことだって、わたしはなにもしらなくて、きっとこれからは、ふたりがおたがいにしかしらないことが山のようにでてきて、わたしはただの役にたたない相談役になって、そしてさみしくなって、ああ、夜中って思考がくらくなるからいやだ。

「はやく、朝になって」

 そして、わたしのほうがさきに起きたら、だれにもばれないように奈緒ちゃんのくちびるをうばってしまおう。それはわたしだけのひみつで、わたししかしらない。デジタル時計の目覚ましのセットをオフにして、もういちど奈緒ちゃんのとなりにもぐりこんだ。そうだ、きょうは手をにぎってねることも、わたしだけのひみつにしてしまおう。そっと目をとじて、きゅっとうすいてのひらをにぎった。こんどは、三人なかよくしてる夢がいい。
 でもわたしってば、そういうことかんがえてるときにかぎってねぼうするのよねえ。
08.04.20 きのうきょうあした