玄関のドアをあけたら、みおぼえのある車がとまっていた。
「あ、虎子さん」
「うん」
運転席のドアのとなりにたたずんでいる長身がわたしのほうを見た。いつものようにすこしねむそうな瞳、でもどこかいつもとちがう。ぺこりと頭をさげてから、あれと思った。
「お姉ちゃん、さっきでてきましたよ」
「……」
予想外のことばだったらしい。やっぱりお姉ちゃんをまっていたらしい虎子さんはぱちぱちとまばたきをして、ゆびのさきでほほをかいた。ひょっとして、約束してたんですか。たずねれば首肯がかえってくる。
「見たい映画があるって、あさぎが」
おかしいな、とでも言うように、虎子さんがあごに手をそえる。わたしはとんとんとちかづいて、たかいところにあるきれいな顔を見あげた。見あげてから、ちかづきすぎたと思う。すぐそこから見おろされてどきどきした。
「じゃあ」
「え?」
「いっしょにいく?」
一瞬なにを言われたのかわからなくて、きょとんとしてしまった。それから思いだしたみたいに、ばかみたいに全力で首をふった。
「や、あの、すみません。わたしもいまからでかけるから……」
あんまり不自然だったから、うつむいてから顔をあげられなくなる。ああ、やっちゃった。どうしてわたしはいつもこうなっちゃうんだろう。ばかみたい。意識したって、ぜんぜん意味なんてないのに。思わずため息がもれそうになる。けどそのさきに、頭のてっぺんにあたたかいものがふれた。
「冗談」
ふ、とかすかにくちびるをゆるめて、虎子さんはぽんぽんとわたしの頭をなでた。びっくりしてはずかしくてかたまった。でもそれ以上に、虎子さんでも冗談なんて言うんだ、と、すこしだけ衝撃だった。
「あー。虎子。もうきちゃってた」
「うん」
背後から声。われにかえってふりかえれば、でてったばかりのお姉ちゃんがビニール袋を手にさげてたっていた。
「約束わすれたのかと思った」
「やー。ちょっとあぶらとり紙がきれちゃって」
「ふうん……」
なんだそれ、と思ったけど、虎子さんはなにも言わなかった。ちょっとまってて、と家のなかにひっこんだお姉ちゃんはすぐにでてきた。それからわたしを見て、首をかしげる。
「あんたなにしてんの」
「え、あ……」
そういえば、ぼんやり自分までお姉ちゃんがでてくるのをまってしまった。なにも言えないでいると、別段興味があったわけでもないらしいお姉ちゃんは虎子さんにむきなおる。
「あれ、めずらしいねたばこすってないの」
「禁煙中」
あ、と思った。さっき感じた違和感。わからなかった。わたしはわからなかったのに。へえ、何日目。三時間目。なんじゃそら。ふたりの会話がとおくにあった。それから、ひょいと手をあげて車を発進させた虎子さんに、ちゃんとあいさつをかえせていたかおぼえてない。
「……やば、でかける気うせちゃった」
さっきの、虎子さんにもお姉ちゃんにも不自然に見えてなかったかな、なんていらない心配をしながら、わたしはまだ熱をもっている自分の髪に手をそえた。
08.06.22