目がさめたら、となりにいるはずのナディがいなかった。夜の荒野のまんなか、車のなかでふたりでよりそっていたはずなのに。身をおこしてまわりをみわたしても、いない。きゅうにこわくなった。わたしはこんなにも、ナディがいないと不安になるんだ。いったいいつからで、どうしてかなんてしらない。
 車からとびだして、乱暴にドアをしめた。すると、あっと声がした。

「ごめん、おこしちゃった」
「……」

 もうききなれた声。ナディの声。なのに姿は見えない。まるで夢のなかにいるみたい。視線をめぐらせていると、車のむこうからひょいとナディの頭がとびでてきた。

「……なんて顔してるの」

 きょとんとした声にほっとしたのもつかのまで、思わずくちびるがとがってしまった。なにか言ってやるまえに、またナディの頭がひっこむ。わたしもそっちにまわりこんで、しゃがんで地面を見つめているナディのとなりにいこうとしたら、まったと手をあげられて反射的に足をとめる。

「これこれ」
「え……」

 たのしげにナディがゆびさすさき。くらい月明かりのなかで、ちいさな粒が列をつくっていた。

「よくはたらくよね、真夜中なのに」
「……ありの行列」
「そうそう」

 ちょっと目がさめちゃって、さんぽでもしようかと思ってたらみつけたの。ふんだりしなくてよかった。いとしげに、ナディが地を見おろす。ゆっくりと、わたしのなかにのこっていた眠気が消えていく。

「ナディは、ありさんがすきなの?」
「え、すきっていうか、うーん。がんばってるなあと思って」
「……やすみもしないで」

 ナディみたいだと思った。ナディもきっと、やすむことなんてなくてずっとはしっていて、それはきっととてもつかれることなのだ。横顔が、とてもさみしげに見えて、わたしはとてもかなしくなって、でもわたしにはできることなんてなにもない、わたしにはなにもない。

「エリス?」

 にのうでにそっとふれた。ナディがわたしのほうを見る。ナディの目はいつもいっしょなのに、いつもちがう色をしていて、見つめかえしながら、このまますいこまれたいと思った。だけど無理なのはしってるから、ナディの首にそっとうでをまわした。

「え…エリス。なに、どしたの」
「……」
「ちょっとー」
「ぼせいほんのう」
「……そういうのどこでおぼえてくんの。意味不明だし」

 ナディの肩にはなのさきをうずめた。耳のそばでナディが呼吸をしている。ゆっくりとしずかに、夜の空気が音をたてていた。ナディ。ただ名前をよべば、ナディはひそやかにわたしのせなかにてのひらをのせてくれた。あんたは、あたしが思ってるより、ひょっとしたらあんたが自分で思ってるよりも、すごいのかもね。ナディがちいさくささやいた。わたしはなにを言ってるのかわからなかったけど、それでもただせなかのぬくもりに夢中になっていた。
 すこしだけねむくて、わたしたちのとなりのたくさんの黒いありたちは、きっとずっとやすみはしないのだ。
08.06.22 そのひとみ