よるというとやっぱりいたずらめいた気持ちになってしまうので、わたしはこっそりとトゥルーデの部屋にしのびこんだ。そう、こっそりだったんだけど、いざその扉をひらいてみるとトゥルーデったらまだおきていたものだからわたしの渾身のいたずらは失敗におわる。

「あれ、どうした」

 机にむかっていた顔がひょいとあがって、平気な声をかけられてつまらなくなる。本当はすでにぐっすりねむっているはずのトゥルーデのとなりにしずかにしずかにもぐりこんで、絶対に気づかれないように腕にくっついて、それで朝になったらいつもどおりなにもきてないトゥルーデが実ははだかになってしまっているわたしを見つけるはずだったのに。そしたら仰天して赤いような青いような顔をしているトゥルーデに、服はわたしが自分でぬいだし、きのうはいっしょにねただけだよってつまらないほんとのことを教えてあげるはずだったのに。

「なんでおきてんの?」
「ああ、ちょっと書かなきゃいけない書類が」

 べつに夜更かししている理由をきいたわけじゃなくてさっさとねてろよばかっていう意味でなげた質問に、トゥルーデはちゃんとすなおにこたえてくれる。ちぇ、拍子ぬけだなあ。思わず唇をとがらせて、おもしろくないからもうねちゃおうときびすをかえそうかと一瞬だけ考えて、だけどこんな残念な心境で自分の部屋ににげかえったりなんかできるはずがありません。
 ぱたんとドアをしめる。それから足音を極力けしてベッドまであるいていって、ぽんとシーツにとびのったところでやっとトゥルーデと目があった。部屋の主はすっかり手元の書類に視線をおとしなおしていたからドアがしまったのをわたしがでていったからだと思っていたみたいで、ちょっとだけぎょっとした顔がこっちを見ていてすこしだけたのしくなった。どうした、ってさっきとおなじことばがたずねてくるけど答えないでいたら、トゥルーデはふしぎそうにまばたきをしてから結局また視線を書類にもどしたのだった。

「……えっと」

 それから何分かたったころ、トゥルーデが気弱な声でつぶやいて顔をこっちにむける。わたしはといえばベッドにすわりこんだときからずっとはずしていない視線でそれをながめながら、胸のまえでかかえていたひざをさらにだきよせた。トゥルーデ、ちょっと顔が赤いなあ。のんきな感想をいだいていると、トゥルーデがたちあがってわたしのほうにずんずんあるいてくるものだからちょっとおどろく。
 わざとらしく乱暴なしぐさでとなりにすわられて、ベッドがゆれる。わたしはあいかわらず視線をトゥルーデにそそいだままで、トゥルーデはこまったようなてれたような顔でわたしを見かえしている。

「おしごとしなくていいんですか」
「しようにも、そんなに見られると……集中できないんだが」
「トゥルーデってそんなに繊細だったかしら」

 ぺろと舌をだしてやっぱりこまり顔のトゥルーデをからかいながら、ほんとはしっていた。さっきからトゥルーデったら全然手がうごいていなかったし、あきらかにわたしを意識してこっちを見るような見ないようなしぐさをしてはそわそわしていたのだ。

「あのな、邪魔しにきたんならもうねなさい」

 でもそのうちにトゥルーデの調子ももどってきて、えらそうな説教をはじめる。邪魔しにきただって、わたしのいたずらの邪魔したのはそっちじゃないか。

「おまえはな、朝おきれもしないのにどうして夜更かしまでしようとするんだ。毎朝毎朝ひとのことを邪魔ものあいつかいするけど、おまえがちゃんとおきれば私だって……」

 くどくどとつづきかけたありがたいお説教が、徐々にしりすぼみになる。なぜかといえば、わたしがひるみもしないでトゥルーデをじいっと見つめることをやめないから。最終的にぴたと唇をとじてしまったトゥルーデからそれでもまだまだ視線をはずさないでいると、気まずげにまばたきをしたトゥルーデが、なんとかわたしから目をそらさないようにと努力しているようすでえっととつぶやいた。

「……な、なんか、おこってるのか」

 トゥルーデって、すぐにわたしの顔色うかがうんだ。それってちょっとうざったくて、ちょっとかわいい。

「おこってたらどうするの」

 すこしだけしあわせな気分になりながらそれでもひくめの声でどっちつかずの返事をすると、トゥルーデはこんどこそ視線をわたしのななめうえのほうにおよがせてあわてて原因をさぐっているみたい。絶対わかりっこないのにな、だってべつにおこってないし、たしかにいまちょっとおもしろくない気分だけどそれはわたしが勝手にいたずらを失敗しただけのことなんだもの。まあいいや、さんざんなやませてから、わかんないんだったらキスしてって言ってあそんであげよう。わたしはあたらしいいたずらを思いついて、だけどそれとおなじくらいにトゥルーデも思いあたるはずのないわたしのおこっている原因にたどりついてしまう。

「あ……あのとき、おきてたのか」

 赤いような青いような顔で、トゥルーデはいまにも悲鳴をあげそうに仰天していた。そうそう、この顔だよね、あしたの朝にはだかのわたしを見つけたトゥルーデにこの顔をさせたかったわけだよ。幾分冷静にそれを観察したあと、やっとひっかかる。あのとき、おきてたのか。あのとき?

「あのときってなに?」
「へっ、…え、あ、あれ」

 罪を認めた瞬間にはたかれるとでも思っていたらしいトゥルーデは身をかたくしていて、だけどわたしが予想外のといかけをしたものだからこんどは素っ頓狂な声をあげる。それからやっと自分の失言を理解したのか、ゆっくりと顔色を青一色にした。

「なに?」
「えっ、いや、なんでもない……」

 なんでもないわけない顔でうそをついて、トゥルーデは身をひいてわたしからにげた。トゥルーデのくせにごまかそうなんて十年はやいね。胸倉をつかんでやろうとしたけどそれはさすがにトゥルーデがなくかと思ったので二の腕をぎゅっとにぎるにとどめてあげる。じいっとしたから見あげると、トゥルーデは真っ赤な顔で観念したみたいだった。

「……きょ、きょうの朝」
「なんかしたの?」
「な、なんかっていうか……」

 いつものうるさいくらいにきっぱりした物言いはどこへいってしまったのか、トゥルーデはぼそぼそと供述をはじめる。言いにくそうにもごもごと唇をうごかす。そしてそのうちに、ぽそりとつぶやくのだった。……キス。

「……き、キス? したの? 勝手に?」
「……」

 すっかり精根つきた顔で、トゥルーデはわたしにつめよられるままに肩をおとしていた。そのくせほほは桃色で、しかもなんだよさっきのかわいこぶった言いかた。なに乙女ぶってるのこいつ。

「し、しんじらんない、寝こみおそったんだあー…」
「そ、そんな言いかた」
「なんかちがってますか」

 ちょっとおこった声をだしてやると、トゥルーデはすぐにおしだまる。なんだかすごくむかむかしてきた。なんだよ、キスくらい、いくらでもすればいいじゃん。なんでわざわざわたしが寝てるときにするんだよ。それじゃあ、トゥルーデばっかりじゃないか、わたしは、全然おぼえてないのに。結局のところ、わたしもトゥルーデにおとらず乙女めいた思考でもって、こんなにさみしい気持ちになっているわけなのであった。

「……じゃあ」

 にぎりっぱなしだった二の腕から手をはなして、こんどはかわりにそっと手首ふれる。ぎくりとしてるトゥルーデを、できるだけかわいらしく見あげた。じゃあ、キスしてくれたらゆるしてあげるよ。からかってあげるために用意していた台詞を、結局本気でなげかける。そしたらトゥルーデはてれた顔でまばたきをしてから、うんとちいさくうなずいた。いつもはさんざんしぶるのに、きょうはいやにあっさりとわたしのほほにてのひらをのばす。
 おかしいな、なんだか緊張してくるんだ。あいかわらずピンクの顔色で、トゥルーデはくすぐるしぐさでわたしのほほに指先をすべらせる。キスするときは、このときがいちばんどきどきした。トゥルーデがそっとちかづいてきて、目をどれくらいのタイミングでとじればいいのかわからなくなる。わたしがしてあげるときはトゥルーデったらけっこうしつこくぎりぎりまで目をあけたままにしてるんだけど、わたしはちょっと顔がよってきたらすぐに目をとじてしまう。それからくっつくまでのすこしのあいだ、トゥルーデがわたしのそういう顔をながめているかもしれないと思うといやになる。だからきょうは、一所懸命ぎりぎりまで目をとじないでいようと思った。

「フラウ」

 なのに、トゥルーデがこんなにちかくで急にわたしをよぶから、びっくりしちゃってきゅっとまぶたがおちてしまう。やられた。そう思っているうちにとんと唇にあったかいものがあたる。たったそれだけで気配はあっさりはなれていって、なのに胸がふわりとうきあがるような気持ちになってしまった。そっとまぶたをもちあげて、おそるおそる見あげればトゥルーデと目があう。こんどはピンクどころか赤い顔のトゥルーデ。わたしもこいつみたいに真っ赤な顔してたらやだなあ。

「……」

 そんな心配をしていると、ふとトゥルーデの腕が腰にまわる。どきんとしているうちにひきよせられて、またキスされると思った。びっくりして思わず目をとじて、だけど予測した接触はなくて、かわりに肩になにかがのっかった。そのつぎにははあとおおきなため息が耳のうしろからきこえて、はっとして目をあけたころにはトゥルーデがわたしの肩にあごをのせてすっかりまいっているんだと理解できた。なんだ、キスじゃなかった。べつに期待してたわけじゃないけど、なんでかちょっとくやしかったのでわたしをだきしめる腕のなかで身をよじって、おなかをグーでなぐってやる。うっとトゥルーデはうめいたけど、べつにやめろとも言われなかったのであと二回くらいぽくぽくしてやった。

「ねえねえ、仕事しなくていいの?」
「あー…うん」

 急にだきしめてくれるなんてめずらしく大胆だなって思ったけど、たぶんキスしたあとの見つめあう空気にたえられなくてにげ道をえらんだだけなんだろうなと思いいたる。そしてそのころには、トゥルーデが書きかけの書類を放置していることも思いだしちゃった。自分で邪魔しようとしといてなんだけど、実際に邪魔できてしまうと申しわけなくなってしまうものなのでわたしのことはもういいよって背中をぽんとたたいてあげた。なのにトゥルーデは、わたしからはなれようとはしないのだった。

「べつに、いそぎの仕事でもないから……」

 うわ、なあにそれ、じゃあさっきまでは、べつにいまやらなくてもいいような仕事のためにわたしのことをほうっておいたんだ。しかも、邪魔するなっておいだそうとまでしたんだ。ちょっとむかついて、だけどいまはちゃんとぎゅってしてくれてるからゆるしてあげよう。うふふって思わず笑ったら、トゥルーデが腰にまわしている腕にすこしの力をこめる、心地よさによいそうになった。途端、背中にひやりとつめたい感触がしてそれがさめてしまう。

「……ねえ」

 思わず声がひくくなって、さりげなくわたしの服のなかに侵入して背筋をなでていた手をつかんだ。とくに抵抗もしなかったからそのままひっぱりだして、わたしたちのあいだにへたりこんだそのてのひらをさらしあげる。そしたらそのむこうにいるトゥルーデは、なさけない顔してまゆをさげているのだ。

「なんで、寝こみおそってやっとキスするような根性なしのくせに、こういうへんな気ばっかりすぐにおこすの?」

 べつにへんなことするのがいやなわけじゃなかったんだけど、わたしってば思いのほか勝手にキスされていたのがショックだったようでしつこく説教をする。トゥルーデはあいかわらずまゆをさげて、はずかしそうに唇をへの字にしてうつむいてしまった。かっこわるい顔だな、でもちょっとかわいいな。思いついてしまった感想にひとりでてれて、それをごまかすためにトゥルーデの不届きなてのこうをぺしぺしたたく。めっ、もうこういうことしちゃだめよ。ちいさなこどもをしかりつける調子で、まぬけなことを言ってみる。こういうのって本当にばかっぽくてしかたがないと思うんだけど、やってる本人たちはけっこうたのしいものだから、やっぱりしかたがないんである。
 そのうちにすっかり無口になったトゥルーデが反省したような顔をしたので、やさしいわたしはちゃんとゆるしてあげることにする。キスは、ちゃんとわたしがおきてるときにするの、わたしがねてるときは、頭をなでるまでしかしちゃだめなんだからね。念をおして、首肯のかわりにだきしめてほしかったからトゥルーデにすりよると、ちゃんとぎゅってしてくれた。それがあんまり気持ちがいいから、やっぱりねてるときもだきしめるのまではしていいことにしようかなあとぼんやりかんがえる。

「ねえ、きょうはいっしょにねる?」
「え…、あー、…うん」
「じゃあ、へんなこともする?」
「……」

 背中にまわした手でこどもをあやすようにぽんぽんとしてあげると、トゥルーデはううとうめいてからわたしの肩口にうずめていた顔をよこにふった。しない、と意地っぱりの声がぼそっとつぶやいて、なにいまさら我慢してるのかなあと思うけど一所懸命なトゥルーデはかわいいのでからかわないでいてあげる。あったかいトゥルーデの腕のなか、ふわふわと心地よくてしあわせになっていく気分に、ゆっくりと頭をもたげはじめた眠気にそっと身をゆだねた。
 そうだ、へんなことするかわりに、今夜はずっとだきしめていてもらおう、それで、あしたの朝はきっとわたしのほうがさきに目をさまして、まだねているトゥルーデにキスしちゃおう。夢見心地に決心した。だって、トゥルーデにはしちゃだめって言ったけど、わたしがしたらだめだなんて、だれも言ってないんだもの。

09.06.14 いたずら