「……あれ」

 気がつけばトゥルーデの腕のなかにいたのでおどろいた。

「びっくりした」

 そしたらトゥルーデもおどろいていて、自分によりかかっているわたしをひきはがす。なぜだか、状況がよくわからない。おもいまぶたでなんどかまばたきを してまわりを見わたしてみたら、ここはどうやらわたしとトゥルーデの部屋みたい。あれっと思った。

「わたしさっきまで廊下あるいてたんだよ」
「ああ…じゃああるきながらねたんだな」

 わたしのまぶたをおやゆびのはらでかるくなでて、トゥルーデはわかったような顔をした。部屋にはいるなり意識をとばしたんだよ、おまえ。それからそっと おしえられる。なるほど、ねぼけた頭がちょっとずつ覚醒してきた。

「あるきながらねるなんて、器用なやつだ」

 いまはもう夜なので、それじゃあねむいのはしかたがない。部屋にもどる道すがら、わたしは完全に眠気に降伏したらしい。それでもちゃんと自分の部屋まで はたどりつけるところは、われながらさすがだと思う。

「トゥルーデがうけとめてくれたんだ、ありがとー」

 でも、目的地にたどりついた途端気がぬけてしまったらしい。わたしはふらりとたおれかけたみたいで、トゥルーデがそれをキャッチしてくれた。ちょっとう れしくなって、そしたらまたまぶたがおもくなる。

「あー、ばか。もうちょっとがんばれ」

 こっちがはんぶんねぼけているものだから、トゥルーデがやさしい。自分のからだをささえる気がまったくなくなったわたしをだきあげて、どうやらベッドま ではこんでくれるみたい。またうれしくなったから、首に腕をまわしてだきついてやった。するとトゥルーデがすこし笑う。なんだい。
 トゥルーデは一瞬だけわたしのベッドのほうをむいたけど、すぐに自分のベッドのほうにむかった。わたしにしたらちょうどいい空間なんだけど、こいつに とってはがまんならないらしいわたしのプライベートゾーン。そんなところにたおれるくらいにねむいわたしをほうりこむのはいやみたいだった。見当ちがいな 気づかいだけど、こんなにやさしいトゥルーデはひさしぶりなのであまえることにした。

「きょう、トゥルーデのベッドでねていいの?」
「ん…、じゃあ、うん」

 じゃあってなんだろう、と思いながら、ベッドのはしにすわらされる。やわらかい感触におしりがしずむ。またねむけがました。

「あ、こら、服くらいぬぎなさい」

 すっかり世話やきの言いかたが、あっさりシーツに背中をおとしたわたしをおこる。じゃあ、トゥルーデがぬがして。あまえた声でおねがいしたら、ため息の あとに手がのびてきた。丁寧な指先が、ジャケットのボタンをはずす。わたしは、そのころにはもうはんぶん以上は夢のなかへと旅立っていた。んだけど。

「……なに?」

 急な思いがけぬ感覚に、ついまぶたがもちあがってしまう。そしたら、すこしだけ赤い顔のトゥルーデがわたしを見おろしている。ちょっとだけまゆをさげた なさけない顔で、両手はというと、シャツのうえからわたしの胸にぴったりはりついているのだった。

「なに」

 もういっかいたずねるけど、トゥルーデはまたこたえない。でも、だいたい言いたいこととやりたいことはわかった。ここちよい眠気にまどろむわたしは、 トゥルーデにはちょっと色っぽすぎたみたい。なんちゃって。

「わたしは、意識を、うしなうほど、ねむいのですが」

 だから、きっぱりくぎりながらおしえてあげる。まあ、むこうもわかっててやってるんだろうけどね。その証拠に、邪魔だという気持ちをこめた視線をおくっ てもトゥルーデはよけようとしない。さがったまゆが、もっとさがるだけだった。

「い、いやか」

 しかも、とんちんかんなことを言われてちょっとむっとしてしまう。いやなんて言ってない、でも、いまはこんなにねむいんだもん。ふだんはわたしからくっ つかないとだきしめてもくれないのに、どうしてこんなタイミングでばかりへんな気をおこすんだろう。文句を言うのもめんどうになって、ぷいっと顔をそむけ て目をとじてやった。それでも、トゥルーデのこまった顔はかんたんに思いうかぶ。

「あの、いやなら、やめる」

 その顔が、やさしいふりをする。そんなの絶対うそなんだ。そういう言いかたすれば、やさしいわたしがやじゃないよって言ってくれると思ってる。しかも、 それが無意識な思考なものだからたちがわるい。トゥルーデは、いつも自分がそういうずるいやりかたで自分の意見をおしとおしていると、気づいていない。そ れどころか、わがままなわたしのめんどうを見てる気でいるんだもの。どんどん眠気がつよくなることもあいまって、いらいらがつのる。

「じゃあ、いや」

 だから、思わずつめたい声がでてしまう。あーあ、おこってるってばれちゃった。それでもトゥルーデはわたしのうえからどけようとしないので、ますます腹 がたってきた。そっと目をあけて、想像どおりのこまり顔のトゥルーデをにらみあげる。

「……ねえ、やめる気もないのに、なんでいつもそんなこというの」
「そ、そんなことない」
「うそ、だってわたしいやって言ったよ」

 いやなんだったらやめるんでしょ、と、もっともなことを言ってやった。基本的にこういうときのトゥルーデは言ってることがおかしいので、言い負かすのは じつにかんたんだ。でもやっぱりトゥルーデはおかしいので、結局負けをみとめない。こまったようなあまえたような視線が、わたしがいいよって言うのをまっ ている。それでもいちおうは自分の言い分がおかしいのはわかっているのか、すこしもうしわけなさそうな色が見えるところがむしろむかつく。

「トゥルーデのばか」
「……、だ、だいたい、ベッドにねころがりながら服ぬがせなんていうのがわるいだろ」

 うわあうわあ、ついに逆ギレですよ。それを言うなら服ぬげって言ったのトゥルーデじゃないか。もうやだ、ぜんぶぜんぶいやだった。わたしはたまりかね て、あいかわらずわたしの胸にくっついている手をべしべしたたく。どうしてわたしがいやじゃないって言わなくちゃいけないんだろう、どうして、こっちから してもいいよって言わないといけないんだろう。トゥルーデっていつもそう、自分はものほしそうな顔をするだけで、なんでもかんでも、わたしにばっかりきめ させたがる。
 せっかくめずらしくやさしいトゥルーデにいい気持ちになってたのに、すっかり頭のなかがぐちゃぐちゃだ。ちからの加減もわすれてトゥルーデのてのこうを たたきつづけていたら、たまらなくなったトゥルーデがおおいかぶさっていたからだごと手をはなす。

「じゃあ、やめる。それでいいんだろ」

 おしつけがましい口調、見事なまでに身勝手なおこりかたをしているトゥルーデ。なにそれ、と、思う。またわたしのわがままがわるいような態度をして、お こった顔をする。あんまりむかついたから、身をおこして手をのばして、思いっきりトゥルーデの額をはたいてやった。

「ばか!」

 ついでに本気の叱責をたたきつけると、トゥルーデがあっけにとられる。そしてしばらくするとまぬけにほうけていた表情が、ちょっとずつすねたこどものそ れになる。ちぇ、あまえた顔して。ビンタにしなかっただけでもありがたいと思ってほしい。

「…なんで、おまえってすぐにたたくんだよ」
「そんなの、トゥルーデだってわたしのことぽかすかなぐるじゃん」
「それは、だって、おまえがだらしないから」
「わたしだって、トゥルーデがわからずやだからだもん」
「わからずやって。だって、やめるって言ったじゃないか。おまえが、やだって言うから」
「そうだよ、わたしは、やだっていったよ」

 わざわざくりかえすと、トゥルーデがこまった顔をする。想定内、こんな言いかたでこっちの気持ちがつたわるなんて思ってない。結局ベッドのはしに腰かけ なおすかたちになってるわたしのまえで、ちょっと猫背気味になったトゥルーデの、おさげをちょいとつまんでやる。

「……わたしは、ちゃんと自分の意見言ったよ。でもトゥルーデは、わたしにきくばっかりで自分がどうしたいのかいってくれないんだもん。ねえ、いつもだ よ」

 ちゃんと言ってくれれば、ひょっとしたらわたしの気だってかわるかもしれないのに。ぐいぐいと髪をひっぱると、どんどんトゥルーデの顔がわたしによって くる。まばたきをしながら、ほほをそめてわたしを見ている。

「トゥルーデのばか」
「……ご、ごめん」

 そっと、手がわたしの肩のほうにのびてくる。けれど、ふれる寸前でためらうようにこぶしがにぎられた。

「あー…っと。その。……したいです」

 ぼそっとした声が、妙にかしこまった言いかたをする。かんたんにキスできる距離で、トゥルーデがちゃんとわかってくれた。やっとわかってくれた。うれし くって、両手でトゥルーデのほほをつつんだ。われながら現金、すっかりいい気分になって、ほほがゆるむ。

「なにをしたいんですか?」

 まねをして、丁寧な口調をつくった。トゥルーデは、はずかしそうに唇をとがらせながら、ベッドに手をつく。それにあわせてからだをたおすと、両手でつつ んだままの顔もついてくる。

「……なに? なにって、そりゃあ…や、やらしいこととか」
「わたしがあんまりセクシーだから、興奮しちゃったんですか」
「あー…、はいはい、そうです」

 ばかみたいな会話が、ばかみたいにたのしかった。それはたぶんトゥルーデもいっしょで、こんなのだれにも見せられないなあと思う。ふたりして目もあてら れないくらいに表情をゆるめて、顔をくっつけあって身をよせて、こんなにしあわせな気分にひたっている。眠気にしたがうのも気持ちいいけど、トゥルーデと ふたりであほなことするのもこんなにたまらない。あれ、そういえば、もうぜんぜんねむくなくなっちゃった。ううん。やっぱりね、わたしのねむりを邪魔した 罪はおもいと思うので。

「ねえねえ、とちゅうでねちゃったらごめんね」

 だから、そう言ってからかってやった。そしたら、トゥルーデったら真剣な顔して、がんばる、だって。わたしはあんまりおかしくなって、声をあげて笑いな がらトゥルーデをだきよせた。

10.12.13 クロスゲーム
にゃんにゃんパートにいくまえにちからつきた