ルッキーニは、いたずらめいた表情をうかべて背中にのせたランドセルをかちゃとならした。それから目のまえにおかれた不自然すぎるかれた鉢植えをもちあげて、そのしたにある鍵を見つける。郵便受けのなかとか鉢植えのしたとか、お約束だろ。この部屋の主はそう言って、防犯のことなどまったく気にもとめずにおもしろ半分にこれの隠し場所をきめていた。だけどなルッキーニ、このことをしってるのはおまえだけなんだぞ。ぽんぽんと頭をなでて、唇のまえにひとさし指をたてながら、すこしまえに、シャーロットはちいさな親友にささやいていた。

(きょうはだめって言われたけどきちゃった)

 ひさびさに、だいすきな彼女からのメールがとどいたのだ。それがあんまりうれしくてあいたくなってしまったのに、その内容ときたらきょうはうちへはきちゃだめだぞ、なんてあんまりじゃないか。ルッキーニはぶうとほほをふくらませて、鉢植えのすぐとなりにある扉のノブへとかすんだ銀色の鍵をさしこんで、だけれどあれと思って鍵よりさきにドアノブをまわす。あいてる。少女は目をかがやかせてなかにとびこむ。

「シャーリー!」

 なんだ、くるなっていったのにいるんだ。ちょっとだけひどいと思ったけれど、うれしさのほうが勝る。ルッキーニはせまい玄関のもうすぐそこの戸を横にひいて、きっとそこにいるはずのシャーロットにとびこもうとした。のに、期待はずれの情景にかたまってしまう。

「……ん?」

 そこには、ジャージ姿で足をこちらにむけてうつぶせにねころがり、ルッキーニのコレクションの漫画を勝手によみあさっている見なれぬ人物。みじかい金髪に碧眼の、ルッキーニには中学生ほどに見える少女がいた。背中ごしに顔だけでふりかえって、一瞬だけ見つめあう。

「だれ?」

 とぼけた疑問がとんできて、そんなことはまさにこちらの台詞なのに、宙でぶらぶらと両足をゆらしているこのひとにあっけにとられてしまってなにも言えない。ルッキーニがぱちぱちとまばたきをしていると、もう興味がなくなってしまったらしい謎の侵入者はふいと顔をふせなおして読書にもどる。そこでルッキーニは気づく。やつがからだのしたに敷いているのは、ルッキーニの宝物の、イタリアの国旗がプリントされたブランケット。急に、この中学生とおぼしき女が悪人に見えてきた。

「だ、だれ、なんでここにいるの?」

 ひくい声をだそうと思ったのに、ただのふるえる声になってしまった。やっと口をきいた訪問者に、むこうはやれやれと漫画をほうりだす。それからからだをもちあげてのびをして、やはりルッキーニのブランケットのうえであぐらをかく。

「わたしがここにいるのは当然。わたしはねー、シャーリーの親友なの」
「ちがうよっ、シャーリーはあたしの親友だもん!」
「ふうん、あいつがそう言ったのか?」
「言った!」
「あ、ちびっこ。ハバネロってたべれる?」
「ちびっこじゃないよ、あたしにはちゃんとフランチェスカ・ルッキーニっていうなまえがあるもん」
「おっ、やっと名のった。ちなみにわたしは……まあそれは省略でいいや」

 手元にあった黒と赤のふくろから赤いスナック菓子をとりだしてひょいと口にほおりこむ。それからまるでひまつぶしでもするような調子でせまい部屋のなかのすみにある四角い工具箱に手をのばして、ふたをあっさりとあけてしまう。

「あ、だめだよ、それさわったらシャーリーにおこられる」
「それはおまえの話だろー。わたしはおこられないんだぞ」
「う、うそだよそんなの、へんなこと言うな」
「ふふーん」

 箱のなかをあさろうとしている無礼者を阻止すべく、ルッキーニは彼女につかみかかる。だめったらだめなの!そうさけぶのにこの女は気にもしない。しかもスナック菓子でよごれた手でさわるなんて、シャーロットがこれをとても大切にしていることをしっているルッキーニはあせった。だから、なんかかわいいなこいつ、とおもしろいおもちゃを見つけたこどもの目でつぶやいている彼女には気づけない。

「ほれ、これたべておちつきなって」

 ぽい、と赤いたべものがルッキーニの口のなかにほうりこまれる。さくっとした食感、おいしい、とルッキーニは一瞬だけ動きをとめたが、すぐにそれはやってきた。

「……!!」
「ぎゃはははー」

 突然おそいくる辛さに、ルッキーニが口をおおきくあけると、よこから大笑いがきこえてくる。

「な、なにこれ!」
「だいじょうぶ、しぬことはないから」

 言いつつ、自分も何個かたべて無害さを披露する。だけれどルッキーニはそれどころでない。あわてて台所へはしっていき、水道水をコップについで一気にのみほす。

「しゃ、シャーリーに言いつけてやる、工具箱にさわったことも、へんなものたべさせたことも!」
「なんだなんだ、ちびっこひとりじゃわたしにはかなわないってみとめるのかー?」
「ちびっこじゃなーいー!」

 いまにも泣きそうな叫び声をあげたところで、がちゃりと玄関のドアがあく音、うえーい、という年よりくさいうめき声がきこえた。シャーリーだ、ルッキーニは途端にぱっと表情をかがやかせて、不敵に笑ってみせる。

「おまえなんか、シャーリーにおこられちゃえ」

 べえ、と舌をだしまるで勝ったような表情で玄関へかけだす。シャーリーはやくねー?背後からはとぼけた声がするが気にしない。

「それがきいてよ、店長がきょうはいいってさ。なんかよくわかんないけど支店長?みたいのに人件費つかいすぎだからけずれって言われたとかなんとかで。だからってふつうきまってたシフトの時間にいってから変更するか? もーまじむかつくあのくそおやじ、こっちが高校生のバイトだからって足元見やがってさあ」

 ぶつぶつと文句をたれながら、シャーロットはドアをしめる。途端、何者かに突進されてすかさずキャッチ。シャーリーおかえり。すりよられて、ルッキーニだと把握する。

「あれ、おまえなんでいるんだ?」
「あのね、なんか、へんなやつがいる」
「おかえりー。わたしもなんかバイトしてみたいなあ」
「けー、お金持ちのおうちのお嬢さんは言うことがのん気ですねえ」
「なんだよ、ひがみくさい」

 ルッキーニをはさんで、頭のうえで会話がくりひろげられる。中心の少女はぽかんとしていた。だって、救世主であるはずのシャーロットが、悪の大王とたのしげに談笑などをはじめてしまったのだ。これは、あせるしかない。ルッキーニはあわててシャーロットの両手をひく。

「シャーリー」
「お、ルッキーニ」
「こいつね、さっきから工具箱あさろうとしたりあたしにへんなものたべさせたり……」
「ていうかおまえ、きょうはきちゃだめっていっただろ、なんできちゃうんだ?」

 ぽんぽんと頭をなでられながら、けれども言われたことはちょっとしたお説教。いまのルッキーニには、それ以上の衝撃はない。だって、おこられるのはこのよくわからない意地悪なやつのはずなのに、どうしてこちらが注意をうけるのか。ぷるぷるとふるえ、ついに爆発する。

「……うわあん!」
「え、ルッキーニ?」

 いままで我慢していた感情が目から一気にながれでてしまう。そしてここが玄関であるのをいいことに、そのまま外へとびだした。シャーリーのばか、そう叫びたかったのに、声にもならなかったなんてまぬけすぎる話だった。

「……ああ、こうなると思った。おまえなにしたんだよルッキーニに。いちいちいじめっこ体質だなあ」
「いや、いまのはシャーリーがとどめだったと思う」
「え…、あ、そうなの?」

 悪の大王エーリカが冷静に指摘すると、シャーロットはぱちぱちとまばたきをしてから、少女がにげていった方向をながめた。

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 もう日もしずみかけ、公園のなかにはもうルッキーニしかいない。すんすんと鼻をならして、ブランコに腰かけていた。シャーリーはひどい。何度目になるかわからないひとり言をこぼして、かすかにブランコをゆらす。

「ルッキーニ」

 やさしい声にはっとした。顔をあげると、公園のいりぐちのほうに、シャーロットとあのいじめっこがたっている。やわらかな笑みをうかべているシャーロットのよこで、やつは頭のうしろで手をくんでふうんという顔をしていた。思わずにらむと、それをさえぎるようにシャーロットが顔のまえで手をあわせる。

「ごめんな、へんなこと言っちゃったな。わるいのはハルトマンだったのに。あのあとちゃんとしかっといたから、こっちおいで」
「えー、そうだっけ?」
「おま、余計なこと言うなっ。ほら、アイス買ってきたんだ、とけるまえにたべよう」

 ルッキーニがまたうつむいていると、シャーロットはいつのまにか目のまえにしゃがんでいた。いつもとは真逆に見あげられて、ルッキーニはひっくとのどをならす。

「シャーリーのばか……」
「うん、ごめんな」

 思わずとびつけば、彼女はしっかりとうけとめてくれるのだ。だめって言われたのに、きちゃってごめんなさい。でもシャーリーとあそびたかったんだもん。なんとかそれだけ言って、ルッキーニは鼻をすする。その背中をやんわりとなで、シャーロットはあははと笑った。

「気があうなあ。ほんとはあたしもおまえとあそびたかったんだ。でもこいつに邪魔されてさ」
「うわ、ひっどいの。わたしひとり悪者かよ」
「わ、悪者だもん」
「なー、そうだよなルッキーニ」
「くそう、徒党をくんだやつらには勝てないぞ」

 エーリカがわざとらしいくやしげな声をだす。ふうん、とシャーロットが思っているうちに、ルッキーニも勝ちほこった顔でにっと笑った。
 ふたつならんだブランコのもうかたほうにエーリカがひょいとすわりこみ、そのあいだでシャーロットが両方の鉄のひもに腕をまわしてたって、こいつは高校のただの同級生なんだと紹介した。すると、ルッキーニは中学生かと思ってたとおどろきの声をあげ、それにエーリカはさすがにかちんときたのかルッキーニのアイスキャンディをにぎる手を無理やりひっぱってひとくちかじる。

「あー!」
「うま。あ、わたしのはあげないぞ」
「は、半分くらいなくなったあ」
「あーもう。ほら、あたしのひとくちやるから。ったく、おとなげないことすんなよ」
「ふんだ」
「だーもうさっきから。いくつだよおまえ」
「あ、あやまれ、ばかあ」
「やだね、このちびっこめ」
「そ、そ、そっちだってちっちゃいくせに!」
「あー。胸とかほぼ同レベルだよな」
「あまいな、これはこれで完成されたフォルムなの。ちびっこのまだどこにもおさまってない中途半端なのといっしょにされちゃこまるね」
「貧乳はステータスってか……」

 影が、ゆっくりと確実に、ながくなっていく。そろそろさむい時期にアイスをたべているのに、なんとなくあたたかい気のする放課後だった。

09.03.17 ほうかごのはなし