「はい、シャーリーさん特製レタスチャーハンです」
「わーい!」

 居間のひくいテーブルにならべられた三枚の皿に盛られた湯気のたつそれは、実においしそうなにおいをさせていた。

「意外だ、シャーリーって料理できるんだ」
「まーひとりでくらしてりゃ必然的にね。つっても簡単なのしかできないけど」
「これすっごいおいしいんだよ」

 なぜかおよばれしているルッキーニが自慢げである。時刻はそろそろ十二時をすぎるところだった。エーリカはもともと日中ずっと居座る気だったので手づくりでよければうちで昼食はどうかと言われてうんとおおきくうなずいたが、無計画なルッキーニにとってはシャーロットの提案は思いがけぬものだったらしい。

「お茶と牛乳あるけどどっちがいい?」
「牛乳!」
「チャーハンに牛乳はあわないんじゃない?」
「牛乳は背がのびるんだよ、ふーんだ、ハルトマンも牛乳のんだほうがいいんじゃないの?」
「あ、言ってくれるなちびっこめ」
「ちびじゃないったら」
「まーわたしはおとななので、お茶をいただきます」
「意味わかんなーい」

 喧々囂々。どうにもこのふたりは会話のテンポがぴったりとあうらしかった。シャーロットは自分の左右でさわがしい会話をくりひろげている子たちを交互に見た。先程まで背がどうだと言っていたのに、元気だなあとシャーロットがうなずいているうちにいつのまにやらコンビニのスイーツはどこのものがいちばんおいしいかという議題に発展していたりする。

「このあとどうすんの?」
「あーどうしようか」

 食事もおえて、シャーロットは丁寧に食器をあらっていた。その体勢のままテレビをながめてだらけている客人たちに語りかけるが、予想どおりにたいした返事はかえってこない。ちなみに彼女の手料理はエーリカからなかなかの好評を博した。またつくってねとエーリカは妙におしつけがましく笑ったが、シャーロットが残念ながら二回目以降は有料ですとかなり本気の顔で言ったので舌をだしておくことにした。なんだかんだと言ってひとのいい彼女のことだからいくらでも甘えようはある、とずうずうしい友人は考えているのだった。

「あ、なにこれ」
「こら、ひとんちの買い物袋を勝手にあさらないの」
「はいルッキーニ。これはなんてよむのかなー?」
「えっ…、えー…」

 エーリカはそのへんにほうってあったエコバッグのなかに見つけた長方形のふくろをとりだして、そこにかかれた文字をルッキーニに指さしてみせた。するとルッキーニはまるで見にくそうに目をほそめてそれに顔をよせる。

「あー。それね。雑穀米ってふつうの米よりたかいんだなーなまえに雑とかつくから勝手にやすいもんなのかと思ってた」
「わかった! ざっこくまい!」
「いやいまシャーリー言ったしね」
「スーパーでしりあいにあってすすめられたんだけど、よく考えたらありゃあどんな具合かあたしをつかって試そうって腹だな、ふん」

 スーパーの食品売り場の棚のまんなかでいかにもとてもいいものだと吹聴していた知人を思いうかべ、シャーロットはしてやられたと肩をすくめた。

「雑穀米ってさ、からだにいいんだよね。なんでいまのチャーハンにつかってくんなかったの」
「なんでわざわざたかいもんをごちそうせんとならんのだ」
「けちくせー」
「なんとでも」
「あっそうだ、ゲームしようよゲーム」

 ちょうどシャーロットが食器洗いをおえたところで、ルッキーニが提案した。テレビのそばまで四つん這いでちかづいて、それのとなりにあった四角くて黒いゲーム機をひっぱりだした。

「げ、なつかしー。このへんな形のコントローラ。なんてなまえだって」
「ロクヨンだよロクヨン。ニンテンドー64」
「マリオカートあるよ! あとスマブラ」
「あはは、いまどきどっちもWiiだろー」
「あたしは古き良き時代を大切にする女なのよ」
「単にあたらしいやつたかくて買えないだけじゃね?」
「うっせ。ちなみにこの本体もらいもの」
「シャーリーってむだづかいはバイクにしかしないんだよ!」
「ルッキーニってなぜかシャーリーのことをわがことのように自慢するよね。しかも微妙にずれている」
「かわいいだろー」
「はいはい」

 コントローラはふたつしかなかった。シャーロットはさいしょは遠慮していたが、エーリカがレースで負けるのがこわいのかとマリオカートのソフトをちらつかせながらうそぶくとさっさとルッキーニからオレンジ色のコントローラをとりあげた。ルッキーニは一瞬だけつまらないと思ったが、シャーロットがエーリカをやっつけてくれるところを見れるかと思うとちょっとわくわくした。

「あたしはヨッシー一択だから」
「でっていう。てか実はわたしこのゲームすんのはじめて」
「あれ、そうなん?」

 目をかがやかせているルッキーニをまえに、余計に勝たなくてはいけない理由ができてしまった。シャーロットもやりこんでいるというわけではないにしても、ずぶの素人にはさすがに負けられない。

「シャーリーがんばれ!」
「おうよ!」
「えーなにこのアウェイ感」

 適当に操作方法をおしえているうちに、画面のなかではカートにのったキャラクターたちがスタートラインについていた。それから合図の信号があらわれて、シャーロット宅の居間は、忽然と緊張感につつまれた。

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「さっきのわたしが勝ってたよねー」
「はて……」

 シャーロットとエーリカは、ルッキーニの寝顔を見おろしていた。いつものブランケットをおなかにかけて、すやすやと気持ちのよさそうな寝息がもれている。ちなみに勝負はシャーロットいわく引き分けでおわった。それというのも、決着がつくまえに彼女がゲームの電源をおとしてしまったからである。

「いやルッキーニが眠そうにしてたからね」
「ふうん」
「……いやあ」

 さすがにおとなげなかっただろうかと思いつつも、とりあえず、ルッキーニのまえでは恥をかきたくなかったわけである。ちらり、と台所のほうをながし見る。透明なコップのなかにあるきらきらとかがやくおもちゃ。にこにこしたルッキーニに手渡されたときはエーリカにあきれられるほどプレゼントの送り主をほめてしまった。

「……ルッキーニはさ」
「え?」
「おまえといたら、眠くても寝たがらないんだよね」

 きょとん、とエーリカがまばたきをする。シャーロットはそれを横目で見ながら唇をとがらせている。

「寝てるあいだにわたしにいたずらされるんじゃないかって?」
「そうだったらいいんだけどねえ」

 にえきらない返事に、エーリカはこんどは怪訝そうにまゆをよせた。つまりさ。ちいさな声が、シャーロットの唇からもれる。しずかな昼下がりには似合いの雰囲気だが、シャーロット自身にはあまり似つかわしくないひかえめさ。

「たのしいんだろうね、きっと。おまえといるのが」
「えー。ずいぶん邪険にされてると思うんだけど」
「あはは。とぼけなくても」

 シャーロットが、ルッキーニの前髪を指先でなでる。やわらかいふれ方を見おろすふりをしながら、エーリカは上目づかいで彼女をのぞきこんだ。ルッキーニってわかりやすいじゃん、ハルトマンのことすごく気にいってるよね。おとなぶった口調がすこしおもしろくないな、とエーリカは思う。思ったので、手をのばしてシャーロットのほほをつねった。

「い、いて」
「わたしは、やきもちくらいかわいくやけばいいと思うのよ」
「やきもち?」
「自覚ないの」
「……」

 器用に表情をかくしたままぺちんとほほにはりつく手をはらって、シャーロットはまたルッキーニを見おろす。気持ちよさそうな寝顔、つづいてのぞきこんでいたエーリカは、そのおだやかな表情にやわやわと眠気をさそわれていた。

「いやー…。そんなおとなげないことできないでしょ」
「わたしらだってこどもだと思うけど」
「小学生から見れば高校生なんて充分おとななんだよ」

 親指が、ルッキーニの髪をわけて額をなでる。こどもってかわいい、ほんとに。いとおしそうな声、すこし達観したようなところのある同級生の横顔を、エーリカはぼんやりとながめた。いつもとぼけたような顔をして一歩ひいたところから物事を把握している彼女は、すこし得体がしれないようにエーリカには思われる。

「シャーリーってさ、人生経験豊富そうだよね。むだに」
「なんだそりゃ」

 ころん、とシャーロットが寝ころがる。ルッキーニのとなりに寝そべって、それを見たエーリカもさっさと真似をする。こどもをはさんで川の字をつくった。

「だからさあ、もっと、若者らしくしなよってこと」
「……。まあ、人生経験が豊富ってのは否定できないね」
「そうなの?」
「あたしってけっこういろいろあんのよね」

 思わせぶりな台詞をはいて、シャーロットはねむるルッキーニのほほをなでてよこからそっと身をよせた。やわらかい感触にすこしだけ眠気がわいてきて、おもいまばたきを二回する。健康的な肌の色や、ほそいなかにちゃんとうすい筋肉の感触がする二の腕に奇妙な安心をおぼえる。

「あたしのことすてないでルッキーニ」
「あはは。あほがいる」
「ハルトマンはもうすこしはなれたところで寝てください」

 急に露骨なことを言いだすので、エーリカは腹をかかえて笑ってしまった。すてられたくなかったら、とりあえずマリオカートの腕でもみがけば? もちろん先程の暴挙はちゃんと根にもっているので嫌味もかかさない。しかしすっかりとひらきなおってしまったシャーロットには、そんなものはつうじないのだ。だってだって、かえってきてみたらなんでかなかよさげにふたりでいるしさ、ふたりしてひそひそしてるし、きいてたか、ルッキーニ、さっきのゲームのときハルトマンすごいすごいって言ってんの、あたしってばよくくじけなかったと思うよ。ぐだぐだとシャーロットの口から愚痴がこぼれて、エーリカは余計なことを言わなければよかったなあとうんざりしながら目をとじる。

「きいてんのかこら」

 まぶたのむこうで声がする。そんなにうるさくしたら、ルッキーニがおきちゃうよ。エーリカがこころのなかで忠告したところで、ちょうどルッキーニがううんとうめき声をあげたのでシャーロットがだまった。あんまりぴたりと発言を中止するものだからエーリカはちいさく笑ってしまう。シャーロットは、得体はしれないけれどたしかになかなかかわいらしい人物だ。友人のあらたな一面を垣間見て、エーリカはすっかりいい機嫌で午後のお昼寝のなかへとおちていくのだった。

09.10.01 きゅうじつのはなしそのに