「あーあちー、おもいー」
「文句ばっかり言うなよ……」
六月のはじめだというのに、じりじりと肌をやく日光はけっこう容赦がない。高校からほどちかいところにあるスーパーからの帰り道、一時からまた午後の部活動がはじまる。だというのに、いったいどうして貴重な昼休みをこんなことでつぶさなくてはいけないのか。シャーロットは不満をあらわに手にさげている白いビニールの袋をふりまわした。
「こら、あそぶな」
「あそんでない」
「そもそも、こうなったのもおまえのせいで……」
「うわ、ひっでえの。全部後輩のせいにしちゃうんだ」
シャーロットが唇をとがらせながらとなりをあるくひとの顔をのぞきこむと、やつはうっとことばをつまらせた。
「そ、それはまあ……私もわるかったけど」
バルクホルンはこほんとせきばらいをして、シャーロットとおなじように手にさげていた荷物をもちなおす。ことのはじまりはこうだ。午前の部活中に、シャーロットがいつものようにさぼりに興じんと体育館をぬけだそうとしていたところを見とがめたバルクホルンがついにはきれた。いつもならば部員の粗相を見つければ苦虫をかみつぶしたような顔をそえてきついトレーニングメニューをおしつけるところなのだか、そんな冷静な行動がとれないほどにバルクホルンはとさかにきていた。
「いやでも、根本的にわるいのはおまえだろ、私はむしろまきこまれただけだ」
いいかげんにしろ!と、おそらく体育館のむこう半分をつかっていたバレー部にもきかれてしまったにちがいないほどのおおきな声でもってどなってしまった。ミーナがあまりそういうやり方をこのまないとわかっていてやらかしてしまった。直後にはバルクホルンの肩がぽんとたたかれ、さっと血の気がひくのを感じながらなんとかふりむけば、やはりそこにはミーナがいるのだ。
「まあ、部長こわかったよね。トゥルーデうるさい、ってさ。にこっにこしながら言うんだもん」
「……」
そのおそろしさといえば、そのときにはおこられていたわけではないシャーロットまでもが、バルクホルンと声をそろえてはいと返事をしてしまうほどなのであった。それからシャーリーさんもあんまり副部長をこまらせちゃだめよとミーナは言い、つぎには一枚のメモを彼女ににぎらせた。記された内容は、買いだしの箇条書き。
「こういうの、ふつうマネにやらすんじゃないの」
「しかたない、うちはマネージャーいないから」
「そのせいで副部長までかりだされてるもんねー」
「まあ、おとなげないことをしたのは私だからな」
「買いわすれとかないよね」
「ない」
きっぱり言われて、シャーロットは思わず自分の荷物をのぞきこむ。真面目なうえに基本的にはぬかりがない。半そでの体操服からのびる意外と白い二の腕をちらりと見ながら、シャーロットはため息をついた。
「ごめん、ちょっとしゃべっていい?」
「なにを」
「先輩には、けっこう感謝してるんだ」
ぴたり、とバルクホルンの足がとまる。それがわかっていたかのようにシャーロットも同時にたちどまり、にこっとした笑顔をつくる。
「あたしって、すぐさぼるじゃん」
「……ああ。顧問のいるときは大抵いないし、遅刻はするしいつのまにかぬけだしているし」
それなのに、ミーナはなにも言わないんだ。バルクホルンはひそかに思っていた、ミーナは、どこかでシャーロットに気をつかっている。えこひいきをするようなひとではないとしっているからなにかがあるとは思うが、バルクホルンにはその理由がまったく見当もつかなかった。
「一年坊主がなにしちゃってんのって感じっしょ。けっこう、いじわるな先輩方にいじめられちゃうかなあって思ってたんだけど、……あんたがあからさまに目をつけてくれてるから」
あんたって実力者だし自分にも他人にもきびしいし、そんなのが目の敵にしてるのに手をだそうってやついないのよ。シャーロットがあるきだし、バルクホルンもつづいた。ほそい道には車道も歩道もなくて、ひとどおりのすくないそこの真ん中をふたりして堂々とすすんでいた。
「あんたは根性まがってないから、へんな因縁はつけてこない。そのぶんしごかれるけどねー」
「当然だろ、……そうしないと、ほかの部員に示しがつかない」
「そうそう、その調子」
いまにも笑いだしそうな軽快な口調で、シャーロットがうそぶいた。なぞだ、いったいなんだ。バルクホルンはなんとか表情はごまかしつつも、混乱していた。この後輩が、いったいなにを言いたいのかまったく理解できない。
「おまえは、瞬発力はあるのに持久力に難がありすぎる。すぐに息があがって休憩したがる。いったいなんでだ。本気をだせ」
「だしてるよ、あたしはいつでも本気」
「うそをつくな、じゃあどうして、私が見張っていたってすぐにあきらめるんだ。私がおこるとしっていて、どうして」
「ほんとだよ、部長がいないときは元気よくどなりちらしてくれるんだもん」
「……」
要領を得ない、真面目に話そうとするのがまちがっている気すらしてくる。なにが言いたいんだ、と思いきってききたかったが、そうするのははばかられるような雰囲気があった。
「とにかくさ、あたしにはこれからもきびしくしてねってこと」
「そう思うなら、さいしょからさぼったりするな。そうすれば、私が目をつけるとか、そういうまわりくどいようなことはしなくていいじゃないか」
「……まあねー」
一瞬だけシャーロットは表情をくもらせた。しかし、バルクホルンがそれにぎくりとしてしまうほどのすきも見せないうちに、また彼女は笑う。
「そういう、本気だせって説教ならハルトマンにこそしてあげなよ」
「……なんでいまそのなまえがでてくるんだ」
「だーって。いっつも手ぬいてるだろ、あいつ」
「それは……」
いったいことしの一年はなんだと言うのか。このシャーロットにしろエーリカにしろ、頭にドがつくほどの不真面目人間のあつまりだ。とはいえ、そんなメンバーはそのふたりだけなわけだが、バルクホルンはそれほどおおげさな表現をしてしまうほど疲弊しているのだ。
「わかったよ、じゃあ、午後はシャトルランだ。強制参加だ。あとで用具かりにいくのつきあえ」
「げっ、ぜってーやだ。じゃああたしもうかえる」
「…て、てめえ〜…」
きびしくしろと言ったのはむこうだ。だからしごいてやろうというのに、また気まぐれを口にする。強制参加だ!と耳元でどなったら、シャーロットがうひいと声をあげてにげだした。
「こら、こういうときは元気なのか」
「だって、体育館もうすぐだ。それに、いそがないととけちゃうだろ、これ」
ひょい、と走りだしたやつがかかげた袋は、表面に水滴をつけている。いつのまにか学校の敷地内まできていて、だから帰るところはもうすぐそば。
「意外だよ、あんたがこういうのを買って帰るなんて」
「部費は、みんなのものだ。みんながよろこぶようなものに、つかうべきだ」
おいかけながら、体育館へとゆっくり走っていく背中を見た。真面目にやれ、そうしたらおまえは、きっとすごい選手になる。きっとだ。そう声をかけたかった。しかしそれもすっかりとながされそうな気がしたから、バルクホルンはだまっていた。
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おかえり、とミーナがむかえいれたひとは、おそろしいほど白い顔をしていた。
「……しんじられん」
だというのに、青筋はぴきぴきと額のはしにうかびあがっている。ミーナはあららと思いながら、たったひとりでもどってきたバルクホルンを見てそのようすの原因を推しはかる。
「午後は、シャトルランをしよう。これは決定事項だ」
「予定では、このあとは紅白試合だったんだけど……」
「シャトルランのあとでいい、それは」
不機嫌そうな口調に、ミーナはすこしあきれて肩をすくめた。シャトルランのあとじゃ、試合はちょっときつくない? だいじょうぶさ、それくらい。まあ、あなたはね。ミーナは、こうときめたバルクホルンがけっしておれないとわかっていながら、やんわりと軌道修正をこころみた。ちなみに効果はない。
「シャーリーににげられたの?」
唐突に、臨時会議をしているふたりのあいだから声がしてそろってぎょっとした。すると声の主はあははと笑う。ふたりにくらべてすこしひくいところにある頭が愉快そうにゆれていた。それを見て、バルクホルンの唇のはしがひくとひきつる。
「……エーリカ。いいか、午後はシャトルラン。ちゃんと真面目にやるんだ。本気をだせよ」
「えー。わたしはいつも本気だよ」
「……」
ぴき。バルクホルンはエーリカのまるい頭をぐわしとつかみ、もうがまんならんとばかりにおおきな声をはりあげた。
「うそつくんじゃないの!」
しかも耳元でやるものだからくわんとめまいがして、しかし被害者がそれの抗議をするまえにバルクホルンはさっさとあるきだしてしまった。あいつとおなじようなこと言いやがって、くそ、みんな私をばかにしてる! いきりたった歩調がとおざかり、うしろすがたはいかりまかせに肩をゆらしていた。
「…きっげんわりーの」
「まあ……いつものことね」
「あはは」
ぽん、と、エーリカの頭にこんどはミーナの手がのる。バルクホルンとはちがいやさしくやわらかいふれかたで、ミーナは意外とこういったコミュニケーションをとらない。あっとエーリカが勝手にてれているあいだに、それはすぐにはなれていく。
「ちゃんと、真面目にやってあげてね。シャトルラン」
「……シャーリーがいないと、トゥルーデの不機嫌が全部わたしのとこにくるからいやだな」
ちぇ、と唇をとがらせて頭のうしろで腕をくむと、ミーナはつぎには苦笑する。そうね、だってシャーリーさんは。そしてそう言いかけるが、はっとしたようにだまる。あれ、とエーリカが首をかしげると、失言をしたような顔をしているひとがごまかすように笑みをうかべる。
「ごめんね」
「……?」
申しわけなさそうな表情がそこにあって、エーリカはまた首をかしげることとなる。シャーリーのことで、なんでミーナがあやまるんだろう。不可解な現象に納得しかねたが、相手が言いたがっていないことをききだすようなことはしない。さっさと話題の変換をこころみた。
「それに、ミーナだって、トゥルーデのどなる相手がわたしのときばっかり黙認だもんね」
「あら、トゥルーデにおこられるのはいや?」
「えー」
ぷくりとほほをふくらませる幼なじみを見おろして、ミーナは微笑む。それにね、トゥルーデ、買いだしの帰りに職員室の冷凍庫によってきたんだって。先程報告をうけたこと、部活がおわるまでだまっておくようにと言われたことを、そっとエーリカにだけおしけてあげる。
「きっと、あなたの最近のお気にいりの、バニラ味のカップのも買ってきてあるわ」
ミーナってひとをその気にさせるのが上手なんだ、とエーリカは思った。ぱちぱちとまばたきをして、つぎにもうとおくへいってしまった、体育館のコートの真ん中でぐっとのびをしているもうひとりの幼なじみをながめる。
「わたし、つかれるのきらいなのにな」
言い残して、たっとかけだす。かわいい背中、たまに急にすなおになるのだ。ちらり、と体育館の壁にかかるおおきな時計をながし見る。さて、そろそろ午後の部活のはじまる時間。部員たちは思い思いの昼休みを満喫しおわり、やわやわと気分を部活動のそれへともっていこうとしていた。ミーナはそれをながめて満足げに首をかしげてから、集合の号令をかけるべくすっと息をすった。
ちなみに部活終了後、調べてみたところバルクホルンの買ってきたアイスのうちのひとつをシャーロットがちゃっかり拝借していたことが発覚し、彼女はまた全力で憤慨したのであった。
09.10.01 ぶかつどうのはなし
淡々と20メートルシャトルランをこなすエーリカを想像したらもえすぎてしんだ