「い、いたいわ」

 ペリーヌがつかまれる腕をゆすって、そこでやっとはっとしたらしいエイラが手をはなした。すこしくらい、コンビニの裏側だった。車もはいってこれないほどのせまいそこは、柵でしきられたあちら側に畑がある。いまはなにもうえられていないのか雑草のようなものがはえていて、こんな畑と民家が点在するような辺鄙なところによくもまあコンビニなんてつくったものだと思った。ペリーヌは現実逃避をするようにそんなことを考えていたが、エイラがおいと言うので我にかえらざるをえない。

「わたしは、べつにばかにしたことなんてない」
「しつこいわ、…もうわかった」
「わかってないだろ、さっきうそだって言ったくせに」

 か、と頭に血がのぼることを自覚した。どうして、そんな口をきかれなければいけない。今回のおおげさな喧嘩の原因はほぼこちら側にあるとわかっていて、ペリーヌは全然冷静になれない。だって、被害妄想かもしれなくても、ペリーヌにとってはエイラがずっとずっとすごいひとでかなわなくて、どうにかして手にいれたいものをすでにもっているひとなのだ。全部きめつけだった。その手にいれたいものだって、本当は全然ほしいものではないのかもしれない。

「わたし、どうしたらいいんだよ」

 そうだ、どうしようもないのだ、彼女は。だって、すべてがペリーヌのわがままだった。ひとりよがりで自分のためだけの、身勝手ないらだちなのだ。勉強なんてきらい、でも、していなかったら不安だった。失敗なんてゆるされない人生だった。ひょっとしたらそれもただの思いこみかもしれないけれど、そうと納得してしまってはだめな気がした。家族はみんなやさしい、そして、私だけがおちこぼれたの。

「……私は、さいていなの、ずっと、あなたにやつあたりをして、それで」

 急に、気弱な声がでる。思考がどろどろとしずみはじめた証拠だ。エイラが、ペリーヌの名をよんだ。それでもうつむく彼女にはそれがとどいていないのか、話すのをやめない。私、ずっと勉強ばっかりだった、それしかなくて、それなのに失敗して、そしたらどうしたらいいのかわからなくなった、しかも結局、公立の中学校にきたってあなたみたいなひとがいるの、私は、どこにいたって居場所なんてないの。泣き声のような訴えだった。きゅっとにぎられた手はふるえていて、とてもいたいたしい。やめろよペリーヌ。エイラはちいさな声で言ったけれど、それもまたとどかない。

「……わたしが、勉強なんてしたくなかったらしなくていいって言ったら、むかつくのか」
「うん」
「もっとあそべよって言っても?」
「うん」
「でも」

 唐突に、かたくなったこぶしがにぎられた。はっとしてペリーヌが視線をそれにむけると、エイラがふれていた。乱暴なてのひらだった、つめでもたてそうないきおいで、エイラはペリーヌの手をとっていた。

「でも、わたしは、たぶんこれからも言うぞ。勉強なんていらないよ、だって、おまえは勉強がきらいなんだ」
「……なによ、それ」

 言いあてられて、言いようのない羞恥に見舞われた。まっすぐこちらを見ている目に視線をかえして、ペリーヌはちがうと首をふる。しかしエイラはただつづけた。あんなにつらそうなのに、ちがうわけない、それから、あそぼうって、それもなんども言う。おせっかいとか思うなよ、そんなもんじゃないんだ。

「わたしは、ただ……」

 ふと、間があく。すこしずつ日がしずみかけたころで、からすの鳴く声がした。すこししめった空気がながれていって、気まずかった。エイラはうつむいて、わずかに顔が赤いようだった。ペリーヌは呆然と、それをながめるしかできない。そんななか、まえぶれもなくエイラが顔をあげた。

「わたしは、おまえと、あそんだりしたい。だって当然だろ、と、ともだちとそういうことしたいのは、当然だろ……」

 ともだち。予想外の単語。おどろきに目がおおきくなるのを自覚した。それに気づかぬはずもないエイラは、はずかしげに唇のはしをゆがめてうつむいた。しらない子のようなかわいいしぐさに、ペリーヌは再度目をひらく。このひとが自分を、そういうふうに見ていたなんてしらなかった。ずっときらわれてると思っていた。

「おまえがわたしのこときらいでも、わたしは、勝手に、とも、ともだちだって思ってるんだ。それくらい、思ってるくらい、いいだろ」

 ペリーヌは呆然としていた。全部ぜんぶ、こっちの台詞なのだ。きらいなのはそっちで、うまくふるまえなくて後悔するのだって、すべてこちらのことなのだ。

「……けっこう、はずかしいことを言うのね、あなたって」
「う…うるさい、ばか」

 むこうが真っ赤なぶん、奇妙に気持ちは冷静だった。エイラはぱっと手をはなしてしまい、ペリーヌに背をむけた。わたしだってこんなこと言いたくなかった、でも、おまえって言わないとわかんないんだ。ちいさな背中だった。とどかないと思っていたそれは、ちいさくて自分と大差がなくて、こんなにそばにあった。にわかに思いしらされるのだ。どきどきと、急に胸が鳴りだした、いやな感じの動悸、どんどん血が顔のほうにあつまって、瞳のおくがあつくあつくなっていく。

「……うわあん」
「え、な、なに……」

 まぬけななき声があがる、ふりかえったエイラには、ぎょっとされる羽目となる。それでもペリーヌはわんわんと声をあげてないた。唐突に、いろんなことがこんなに簡単なことだったのだと思いしらされた気分になる。なににこだわっていたのかもわからなくなるくらい。勉強なんていらないとかもっとあそべよとか、どれもこれもからかっているんだと、ばかにしているんだと思っていた。ただ、こっちのことを否定したいだけの意地悪な意見だと思っていた。
 目じりをぬぐうと眼鏡がおちそうになって、あわててエイラがとりはずした。混乱のきわまった顔つきで彼女はでおおきな口をあけている。いやだ、こどもみたい、こんなにおおきな声をだしてないたのは、いつぶりだろう。ペリーヌはこんなにはずかしいことはないと思いながら、どこかで安心していた。

「ちょ、ペリーヌ。なん、えっと……、り、リーネたすけて……」

 あせりきった声に手がとられて、ひかれる。それは、ここにつれこまれたときとは真逆の、やわらかいふれかただった。

----------

 日がはやくおちるころになると部活動の終了時間がはやくなること、寄り道は校則で禁止されているがコンビニにはたまにみんなでよること。エイラとは今年度の頭からのつきあいであること、とても優秀な子なので家庭教師といっても全然役にたてないこと。そのころ、もう一方のとりのこされていたひとたちは、案外のんきに世間話をしていた。しかし絶望を形にしたような顔をしたエイラとぐずぐずと鼻をならしているペリーヌが再登場したせいで、そんななごやかな空気はふきとんでしまう。それでも、ふたりが手をにぎりあっているのを見つけて三様にほっとしたのだった。
 エルマとは、コンビニでわかれた。おともだちって、素敵ですね。しあわせそうなつぶやきをのこして、彼女は手をふっていってしまった。しかもその直前にエイラの頭をぽんとひとなでしていくものだから、エイラはかっと赤面してまわりのともだちをおどろかせた。そして、四人の女の子たちは二列に並んで家路についていた。と言っても、エイラだけは自宅とはまったく逆の方向へと歩をすすめている。

「えーっと……」

 と言うのも、エイラもさっさとにげだそうとした先程、ペリーヌがまってと言ったのだ。しかしそれ以上はことばがつづかず、いたたまれなくなったエイラがまた帰ろうかとしたところ、リネットがひきとめたのだった。

(ちゃんと、きいてあげてください)

 ペリーヌがないたのがエイラのせいだと判断したリネットは、すこし強気なことを言った。芳佳もよくわかっていない顔でうんうんとうなずいていて、このばか藤めえと髪の毛をくしゃくしゃにしてやりたい気持ちになったが、そんなことをする元気もない。だってなかれるとは思いもしなかったのだ。

(気まずい)

 えっとという先程のつぶやきはエイラのものだったが、そのさきがつづかない。前方にならんであるいているリネットと芳佳は意識してしずかにしているようだった。それで話しやすい空間をつくっているつもりなのか、逆にいたたまれない空気をかもしだしているではないか。となりにいるペリーヌもうつむいて、普段とはくらべものにならないほどしおらしい。

「あっ」

 唐突に、芳佳が声をあげる。ちょうど河川敷のそばにある土手にたどりついたところ。夕日、すごくきれい。指さしたさきは橋のむこう側で、ゆっくりとおちかけたそれはきれいな橙色をしていた。川もまたそれに染められ、きらきら光っている。ひとりで駆けて、ゆるい勾配の土手をおりていく。すばらしい、もつべきものは空気のよめない友人である。便乗してエイラもかけだす。あ、エイラさん。リネットがとがめるような声をあげるが、まったく、とペリーヌがあきれたため息をついたので、それ以上はなにも言わないことにした。

「石きりしようぜ宮藤ー」
「えーどうやるの?」
「石をさ、こうやって……」

 ひょい、となげた石が、二度ほど水面ではねてしずんだ。うーん微妙、と唇をとがらせるエイラのとなりですごいと興奮した芳佳は、足元にあった石をひろいあげて適当なフォームで投石すると、それはすなおに川底へと落下した。ああだこうだと投げ方をおしえたりおしえられたりしているふたりをすこしはなれたところからながめてから、リネットはペリーヌをながし見る。すると冷静な表情がそこにあって、彼女はぼんやりとふたり、いやエイラをながめていた。

「ペリーヌさん」
「え」

 どうしてないたの、とはききたくなかったから、目をひやしておかないとはれますよと言った。ペリーヌは一瞬だまったけれど、すぐにすなおにうなずいた。もしここが夕日でてらされていなかったらすこし顔の赤いペリーヌが見れたのだろうとリネットは思った。

「さっきのひとね、エイラさんの家庭教師なんだって。ペリーヌさんと仲直りしたいって相談されたんだって」
「……そう」
「やさしそうなひとだったね。けっこうね、エイラさんのいろんな話きけたよ。エイラさん、あのひとに頭をなでられて真っ赤になって、これからそのことでちょっとからかえそうですね」

 いたずらっぽくうふふリネットが笑う。するとペリーヌも、なにすんだよエル姉、とおこったふりをしているエイラを思いだし、ふっと笑いがこみあげてくる。ふたりしてくすくすと笑いあっていると、それに気づいた芳佳がおーいとよびかけてきた。

「なにふたりで笑ってるのー」
「なんでもなーい」

 リネットが返事をしてからかけだして、一瞬ふりかえった横顔がはやくと言うように笑っていた。ペリーヌはためらったけれど、すぐに思いきって彼女をおった。

「どうやったら石はねるの?」
「なんかねえ、よこなげっぽくするといいらしいよ」

 さっそくリネットと芳佳は肩をよせあっていて、そのむこう側ではエイラがそしらぬ顔で石をなげていた。器用なしぐさがとばしたそれは、音をたてて水面をはねる。なんでもうまくやってしまうんだ、と、ペリーヌはまえよりすなおな気持ちでながめていた。小石のちらばる川辺をじゃりじゃりと音をたててあるいて、彼女の背後によった。エイラは、気づかないふりをしている。すこしむっとしたので、よこのほうからふたりぶんの視線を感じながら、ペリーヌは覚悟をきめた。ふうと息をつき、つぎにはすっと息をすう。

「私だって、あなたのことともだちだと思ってるわ!」

 堂々とした宣言、へ、というまぬけな声が前方からきこえた。つぎにはきゃあと歓声があがり、ペリーヌさんが大胆だ、と興奮した感想が耳にとどいた。ゆっくりとほほが赤くなっていくことを自覚したが、そんなことは気にしないで胸をはる。

「お…、おま、なに」

 エイラが驚愕の表情とともにふりかえり、それをふんと鼻をならしておおきな態度で見かえした。

「それなのに、たとえきらわれていたってともだちだと思ってる、だなんて気障ったらしいったらないわ。ばかじゃないのかしら」
「て、てめ、わたしはもっとけ、健気な感じで言っただろ!」
「えーエイラさんかっこいい……」
「ていうかともだちって、なんでいまさらそんなこと言ってるの?」

 リネットが本気か冗談か目をかがやかせ、芳佳がふしぎそうに首をかしげる。いやはやまったく、やはりもつべきものは空気のよめない友人たちなのだ。わけのわからない言いあいに拍車をかけるように友人連中はすきなことを言って、エイラとペリーヌもひっこみがつかなくなったのか、ふたりして真っ赤な顔をしてぎゃあぎゃあとつばをとばしあった。ないたくせにえらそうだ、あれはそっちがはずかしいことをいうからおどろいただけよ、リーネちゃんは気障なのがすきなの、えっわたしはかわいい子もすきよ。それでも、その混乱の極みがたのしげな笑い声にかわるのにたいした時間はかからない。

「ね、きょうの決着はゲーセンにいってUFOキャッチャーでつければいいと思う」
「それ、とった景品のおこぼれがほしいだけだろ宮藤」
「えへへばれた……」
「でも、ペリーヌさんああいうのけっこう得意なんだよ、ねえ」
「え、そんなこと。あんまりやったことないし」
「えー、こないだふたりでいったときすごく上手たったのに」
「あっ、なにおまえらふたりであそんでんだよ」
「うるさいわね街で偶然あって自然とそういうことになっただけよ」
「エイラさんやきもちやいちゃだめだよー」
「み、宮藤まじでうっせえ〜…」
「それじゃあ、ね、こんどの日曜日は四人であそびましょう」

 ぽん、と手をたたいて、リネットがにこっと笑った。するとのこりの子たちは、うんとかおうとかしかたがないわねとか、それぞれ三様に、それでもそろってたのしそうにうなずく。おちきった日はもうあたりをてらすことはなくて、それでもこどもたちには、おたがいの笑顔がちゃんと見えているのだった。

09.11.17 ともだちのはなし
一部むろさんにいただいたネタをぱくらせていただきました