002:なみだいろのあめ
003:こわいゆめをみた(ミーナと美緒とバルクホルン/ストライクウィッチーズ)
私はしなないよ、と美緒は言った。私はしなないし、おまえもしなない。だれもしなないんだよ。そうささやく表情は、あかるいこの場所にはふつりあいにぼやけていて、美緒が私をなぐさめるときはいつもそうだった。それもそのはずで、だってこれはゆめでしかありえない、いつだって私ののぞむことはゆめのなかでしかおきない。
朝ににつかわしからぬ喧騒で目がさめた。ちがう、だれかがへやのまえをはなしながらとおっただけ。いつもは物音のきえさったままのうちに目ざめているのに、きょうはすこしだけねぼうをしてしまっただけだった。たまに見るゆめ、いやなゆめがふだんどおりの覚醒の邪魔をしたらしかった。外界からの刺激でねむりをたちきるのは、あまりすきじゃない。すっきりとしないまま身支度をした。
「おはよう」
自室のドアをあけると、あいさつをしあう声がする。ぱたんととびらで音をたてれば彼女たちも私に気づいて、するとおはようございますと各々私に会釈をした。それにおはようとかえして、私はいつもの朝を実感する。あるきだした彼女らのあとにつづくように食堂にいけば、また朝のあいさつの応酬がなされて、そろそろ私の頭のなかもすっきりとしてくるころあい。
「ミーナ」
ひそやかなささやきが耳元でなった。ふりむけばトゥルーデが無表情でそばにたっていた。いまのいままで気づかなかった自分にすこしおどろく。
「……顔色がわるいみたいだ」
声色がすこしだけひくくなる。ちいさく、私以外にはきこえないよう配慮された音量が私を心配していた。トゥルーデはかくれた気づかいが上手で、だけどそれは常からあまりタイミングがよくない。きっとだれもわからない些細な変化を見つけてしまって、私はこれにだれにも気づいてほしくなかった。トゥルーデは選択が下手なのだ。いまはしらないふりをしておいてほしかったのに。
「だいじょうぶよ」
「ミーナ…」
まだ言いかけるくちびるを手でせいして、ゆめみがわるかっただけだと言いわけした。いやたしかに事実だけど、私は言いわけとしてそのことばをえらんだ。私はしなないよ。美緒の声がまた耳のずっとおくからひびいてくる。やさしいトゥルーデ、私はこのひとをもてあましていて、それはとても贅沢で卑怯なことだった。
ざわり、とわずかにざわめいていた空気がさらに活気をました。朝の訓練をおえた宮藤さんとリーネさんが食堂にはいってきたようだった。ならば美緒も、そう思ったけど私のゆめの住人はなかなかあらわれず、ついわずかな動揺がおもてにでてしまった私はトゥルーデに再度心配されるはめになる。
私はしなないし、おまえもしなない。だれもしなないんだよ。二十歳を目前にした美緒は見るからにあせっていた。私は、それをどうにもできない。
「おはよう」
また食堂の空気がかわる。まちわびた人物の登場だった。そしてゆっくりと自分の席についた美緒のとなりに、私もこしかけた。おはよう、美緒の声が私にむかう。おはよう、とかえして、すこしだけこのいつものやりとりがこわい。私はしなないよと、ほんとうは美緒がそんなことを言ったことなんてない。言ってくれることを、ただの私自身がなんどもそうねがっていただけで、美緒は美緒がいつかしぬことをしっている気でいるのだ。いきる意志もしぬ覚悟も、なにもかもが必要なこの死の最前線で、私は仲間がしんでしまうことがこわかった。
「きょうは、おそかったのね。めずらしくあなたが最後だったわ」
「ああ……、ちょっと具合がわるくてな。どうもいやなゆめを見たらしい」
はは、と美緒にしてはひかえめな笑いがこぼれて、私は緊張した。ゆめ、と美緒が言った、なんでもないただの偶然なのに、私はむねのおくにいやな熱がもえるのを感じる。私もきのうはこわいゆめを見たの。美緒のゆめはどんなゆめだった?言えそうにない台詞を脳内で再生した。視界のはしに、平然をよそおう仏頂面がひっかかる。そんな顔はしないでほしい。トゥルーデは、私を見るにはやさしすぎるのだ。
「でもまあ、それなら今夜はいいゆめを見られるさ」
なにもしらない美緒は笑いとばすように言いはなった。まるで自分に言ってもらえたような錯覚におちいりながら、それでも私は、自分はしなないと美緒が私を安心させてくれることをきっとゆめみるのだ。私はしなないよ。私はしなないし、おまえもしなない。だれもしなないんだよ。私ののぞむことは、いつだって私のゆめのなかでしかおきないのだ。
08.09.28
四話と八話のあいだくらいのイメージかもしれない
004:ふわり、ふわり
005:そらとあお