012:しずんでゆくゆうひ
013:いつもいっしょ(律と澪/けいおん!)
がちん、というまぬけな音。のつぎには、問答無用にじんわりとしたいたみが前歯あたりから全身にまでひろがるような錯覚に見舞われるのだった。
「いっ…」
悲鳴をあげたのはいまわたしの目のまえにいるやつで、声もでないほどの激痛に思わず口をおさえているわたしとおなじポーズをしていた。さらさらとおちてくる黒髪はつめたくてやわらかい。ただ、わたしの肩をおさえつけているてのひらのさきにあるつめ、いきおいがあまったのかわたしの首筋にくいこんでいるそれは、つめたいけどかたかった。
「い、ば、いきおいつけすぎっ」
幾分か前歯のしびれがおさまってきたころ、わたしはやっと文句が言える。ひとのことをベッドにおしつけてのしかかって、そのくせその表情はいつのまにやらわたしの顔のとなりのシーツにうまっている。
キスと言いだしたのはわたしだった。してみてもいいんじゃないかな、なんて、正直な話七割は冗談のつもりだったんだけど澪ときたらこう見えてとてもまっすぐな子なもので、そりゃもうすなおな対応をしてくれたわけだ。
「いきなりおしたおしてこれは、もう、ばか」
ひりひりする、もしかしたら唇をのどこかをきってしまったかもしれない。とりあえず学んだのは、澪にこういう冗談は通用しないことと、こいつはこうときめてしまうと、やりとげてしまうことだ。キスなんて、わたしからしないと一生できないと思ってた。
「ご、ごめ」
澪が、やっとのことで腕をたててわたしに密着しているからだをはがした。電気のつけられていない室内は窓からの光だけがたよりで、すこしうすぐらいなかに澪のなきそうな顔がある。夏服からはみでている二の腕はしろくてやわらかそう。ゆったりと、体温があがっていく気がする、なんとなくたれてくるタイのさきをひっぱってといた。そしたら澪はぎょっとしたようにまゆをもちあげるものだからたのしくなる。
「……でも、はじめてのちゅうが前歯同士のぶつかりあいって、わたしららしい」
このままぬがしちゃおうかしら。なきそうな澪の失態をちゃんとフォローしてあげながらぼんやりそんなことをかんがえて、だけどそのたくらみは結局実行にうつされることはない。だって澪ときたら、ぽたりと一粒、涙をながしてしまうんだもの。
「え、えっ」
おそいかかられたのはこっちだっていうのに、なに、そんなに歯がいたいんだろうか。思いがけぬ展開に動揺していると、澪はこんどはくしゃりと表情をゆがめるのだった。
「でも、唇と唇も、あたった」
しゃくりあげながらとぎれとぎれに、泣き虫が主張する。そのつぎにはまたすとんとからだがおちてきてわたしをおしつぶす。シーツにうまる横顔、赤い耳、こらえたような泣き声が、やっとのことで本当になる。いたみにごまかされていたわたしたちの行為が、現実になっていく。ねえ、そうね、わたしたち、いまキスをした。
「……なくほど、うれしい?」
「……」
返事もしないしうなずきもしない澪は、かわいい嗚咽をとぎれさせないでわたしにすがりつく。でもわかるのだ、わたしには、澪のかんがえていることなんてお見とおし。ねえ、キスがなくほどのものだなんてしらなかった。ほんとに澪は、泣き虫なのだ。
「なくなよう」
だから、なぐさめるわたしの声もふるえてきこえたのは、ただもらっちゃっただけ。視界がぼやけているのも気のせい。わたしよりちょっとだけひろい背中に手をまわして、なでてやる。どうしよう、こんなことでこんなになっているようじゃ、このさきどうなるのかしら。キスのつぎにはどんなことをするかもわからないままわたしは不安になるのだ、澪はいっぱいなくのかな、そしたらわたしもつられちゃうのかな。
はじめての場所は澪の部屋で澪のベッドのうえで、澪の腕のなか。最終的にはわたしも本格的に泣き声をあげはじめてしまって、そしたら澪だって遠慮なくわんわん涙をながすわけ。ぶつかった前歯があんまりいたかったから、なんてばればれの言いわけをふたりしてこころのなかに準備しながら、不細工な嗚咽にまみれたわれらのはじめてのキスは幕をとじるのだ。
09.06.28
014:こわれるまで
015:ぎんいろのねこ