026:つかめないかもしれないけれど





027:とりあげて





028:こどものころのゆめ





029:あめのにおい(ストライクウィッチーズ/シャーロットとバルクホルン※このひとたちが大学生と高校生だったらAであい)
 学校はきらいだ。くだらない評価基準で一個の人間の価値をきめつけて説教をしてつまらない意見をおしつける。そんなことにつきあっていられるほどあたしは暇ではないというのに、たよりないおとなたちはこんな時間までせまくるしい教室にひとのことをとじこめてすき勝手にさわぎたてておまけに無駄な作業をするように言いつけるのだ。
 つまり簡単に言えば、テストで赤点をとってしまった。

「ありがとうごさいましたー」

 コンビニの店員のやる気のないあいさつを背中でうけながら、さきほどまでの補習とやらでおしつけられた気のとおくなるほどの枚数のプリントを思いだす。しかも宿題までだされた、こちらの量も殺人的だ。もうすっかりと日のおちてしまった寒々しい屋外で、いましがた購入したキシリトールのはいったガムのボトルをかしゃかしゃとふる。
 イヤフォンのあちら側ではジョン・レノンが戦争のおわりと新年のおとずれをいわっているが、残念ながらいまのあたしはそんな気分ではなかった。ブレザーのポケットに手をつっこんで、そこにはいった携帯用音楽再生機の曲目をつぎの曲へと移行させる。シャッフル再生がつぎにえらんだのは、なんだったかなこれ、なまえはわすれたけどいま流行りのうすっぺらいポップソングだった。

(さむ……)

 ああ、きょうはCDショップによって帰る気だったのに、このさむさじゃあいま用事のすんだコンビニ以外の寄り道はできそうにないじゃないか。おまけに肩にかけたスクールバッグがずしりとくいこんでくる、ぞんざいにねじこまれたプリントたちがおそらくその重みの原因だ。
 ふと、一車線のわきの歩道の数メートルまえでうずくまっているひとを見つける。なんとなくたちどまって、なんとなくそのようすを観察した。くらい夜道の街灯のしたで、その女のひとなんともこまった顔で自転車のそばにしゃがみこみなにやらいじろうと指をのばすがすぐにどうしようもないと気づいたような風情で手をひっこめて、やっぱりこまった顔をしている。ふうん、と鼻をならして、とめていた歩をすすめる。なにやらおとりこみ中みたいですね、あたしには関係ないけど。他人のこまり顔なんて気にしないことにして、かしゃかしゃと、まだ手にもっていたガムのボトルをふる。と、しまった、通行人の気配に気づいたかのひとが顔をあげてしまった。しかもタイミングのわるいことに、ちょうどとなりをとおりすぎようともっとも接近していたところでだ。ばちんと目があい、あたしはなんとなくそのひとの耳のあたりに視線をあわせていたことを後悔する。

「あの、どうしたんですか」

 思わず声をかけてしまった。右手にもったボトルはあいかわらず軽くて雑な音をかなで、左手は耳にくっつくイヤフォンを片方だけはずす。いやだいやだ、なにをやってんだ、とにかく一瞬の判断のむずかしさをつうかんする。

「いや…、ちょっと自転車の調子がわるいみたいで」

 思ったとおりの回答。おちついた声色に、かすかにあせりが見てとれた。あっそうなの、大変ですねごくろうさまです。この状況でそんなことを言いのこしてたちされる人間がいたら見てみたい。あたしは自分にとってベストな返事と行動を一瞬だけ頭のなかでシミュレートしたが、結局でたのはひどく無難な一言だ。

「ちょっと、みせてもらっていい?」
「え……」

 よくよくちゃんと見てみたらけっこう美人な、おそらく年上と思われるそのひとが瞬きをする。しゃがんでいるところからどけるようにと手をふって、かわりにあたしが自転車のしかけの部分をのぞきこむ。ああ、一目瞭然、チェーンがはずれてるじゃないか。のびきったそれをちょいと指ではじいてからもとにもどしてやる。

「あの、どうかな、なおりそうですか」
「えー、いやあ、むずかしいかな」

 頭上からふる声にとぼけた返事をした。実を言えば応急処置はすんでいる。だけれどわざわざ手間どっているふりをして、ボトルのふたをあけて粒をひとつとりだして口にほうりこむ。くしゃとかめば、クールなミントが舌を刺激した。

「おねえさんもどう?」
「あ、いや、けっこう」

 あたしがくいとさしだした白いボトルに手をふって、そのひとはしきりに時計を気にしている。どうやら本気でいそいでいるらしい。どうしようか、とあたしは考える。こんな手間をとらせられたんだからもうすこしからかってからできたと言おうと思ったけど、ちょっとだけ良心がいたんだのでさっさとたちあがることにする。でもそもそも親切でやってんだから見当ちがいな罪悪感だよなあ、とぼんやり考えていると、ふとあまいにおいがした。香水、にしてはやわらかいような、なつかしいような。みなもとはおそらく自転車の持ち主殿だ。

「あの、チェーンはずれてたよ。いちおうもとにはもどしといたけど、これもうとりかえたほうがいいんじゃないかな。だいぶのびきってるよ、こんなになったのきょうはじめて?」
「あ、なおったんですか」
「うん」

 ぱっと、そのひとが笑顔になった。心底安心したような、かざりけのない表情。あたしは瞬きをしてそれを見て、唐突にてのひらをつつまれてぎょっとする。

「ありがとう、たすかった」

 しかもそれだけ言ってぱっと手をはなしてさっさと自転車に手をかけている。おいおい、もうちょっとあるんじゃない、感謝のしめしかたって。思ったけれどもうかかわるのも面倒だったからあたしもあるきだすことにする。あちらさんも急いでるみたいだしね。ついまたかしゃりとボトルをふった。もしかしてこれはあたしのくせなんだろうか、いまさら気づいてそれをかばんのなかにしまうことにする。とそのまえに、あっと背をむけたほうから声がした。思わずふりかえると、そのひとがこっちを見ている。

「あの、こんなものしかないんだ」

 それからちかよってきて、かしゃと手にもったものをならし、さっきのようにあたしの手をとっててのひらをうえにむけさせる。またかしゃりという音。あたしのガムのそれと似てるけど、もっとやわらかくてゆるい音。そのつぎには、手のうえにまるい粒がふってきた。

「本当に、ありがとう」

 にこ、と、今度はさっきみたいに思わずでたのとはちがう、明確にあたしにむけられた表情が笑った。あ、笑うと美人っていうよりかわいい。まぬけな感想をいだきながらきょとんとしているうちに、そのひとはまたさっさと自転車にまたがっていってしまった。

「……」

 ぼんやりと、その背中を見送る。あんなにいそいでどこにいくのか、あたしはちゃんと役にたったのか。どうでもいいはずの事柄が、すこしだけ気になった。
 ふと思いだし、てのひらを見おろす。あのひとがくれたもの、缶にはいったむかしなつかしいドロップの一粒。ああ、あのあまいかおりはこれだったんだ。さっきガムのすすめをことわられたのも、もう口のなかにこれがはいってたからなんだ。

「……あまいものすきなのかな」

 まるくて白いささやかなお礼をてのひらのうえでころがす。これってたぶん薄荷味だ。あたしのガムといっしょ。ふうんと思って、それをガムの群れのなかにほうりこむ。べつにとっとこうなんて思ってるわけじゃない、いまのあたしの口のなかには、クールなミントガムがいすわっているから。
 頭上の街灯がかちと一瞬点滅してはっとする、いつまでぼんやりしてるんだ。あたしは瞬きをして、手にもったものをかばんにいれてイヤフォンを装着しなおしてから、くるりとからだのむきをかえて歩きだす。あれ、ボトルのぶんの重量がふえたはずの肩にかかったスクールバッグが、反対にちょっと軽くなったような気がする。

(あしたもこの時間にここにいたら、またあえるのかな)

 補習も無駄じゃないじゃない、だって、あれがなかったらきょうはこんな出会いはなかったんだ。ひゅうと風がふく。きゅうにさむさが身にしみて、はやく家にかえってお風呂にはいりたいと思った。さっきまでとはうってかわった軽い足どりが、家路についていく。……あまいあめのにおいはそれでも、鼻先からはきえたりしなかった。
 が、あたしの機嫌がこんなによかったのは、湯船につかってふとあんなあめだまをわたしたってことはひょっとしたらこどもあつかいされたってことなんじゃないかとかそもそもあめ一個ってわりにあわないだろとかと思いたち、きわめつけに大量の難解な宿題たちを思いだしてげんなりしたりとかするまでにかぎられていたのだった。
08.12.19
ベタな出会いっていいですね





030:からん、からん