041:はかないいろ





042:たわむれ(バルクホルンとエーリカ/ストライクウィッチーズ)
 さきほどからじろじろと見られている気はしていた。どうせきょうもひとの寝床の半分を占領する気だろうということは予測済みだったので、ひとの部屋のベッドでまるまっているやつにもうねるぞと言った。その瞳はとろんとはやくもねむたそうで、うんという返事があったのがびっくりするほど。

「ねえねえ」

 ちいさなこどものような呼びかけに、背をむけて床につく準備をしていたのを中断してふりかえる。フラウはいつのまにやら身をおこし、あいかわらずのすぐにもおちそうなまぶたで私をながめていた。ねえってば。かさねて声がとんできて、こっちにこいと言われているんだとやっと気づく。私はまゆをよせてから、わざとらしくゆっくりとフラウのとなりに腰かけた。

「なんだよ」
「うん」

 ひょいと、手をとられる。ぎくりとしていると、フラウは私の左のてのひらをひろげさせて、自分の目前にはこんでじっくりと観察しはじめた。手相でも見てくれるのか。適当なことを言ってみると、そういうのはエイラに言ったらいいよとむこうも適当な返事をした。じゃあなんなんだよ、とはもうたずねる気になれず、私はこいつのされるがままになる。フラウの両手分のほそい指が私のてのこうをつかみ、一本ずつの親指だけはてのひらの中心を乱暴になでて、それからおもちゃであそぶようにひっぱられたりぺしぺしとたたかれたりと、なにをしたいのかわからないようなことをされた。

「たのしいか」
「べつに」
「じゃあ、なんでこんなことしてるんだ」
「なんとなく……」

 ねむたそうなフラウはこそこそと声をだし、言うことはとても理不尽だった。だけれどフラウにとってはきっと、なんとなくというのは動機としてまったく完璧に機能するものなのだ。そうだ、きょうだってなんとなく私の部屋にきてなんとなくいっしょにねるつもりで、こんなことをするのだって言うとおりになんとなく。

「トゥルーデの手って、わたしのよりちょっとおおきいよ」
「そうか」

 なんだ、しらなかったのか、おまえの手は、ちいさいんだよ。ぺたぺたと意味もなく片方のてのひらと指をなでて、フラウがふうんと鼻をならす。きょう、手つないだときからあれって思ってたんだ。トゥルーデの手って、わたしのよりちょっとおっきい。昼間のことを言われてどきとする。あれもきっとフラウにとってはなんとなくだったんだろうな、私はひとりでかたくなって、きゅうにくっついてきた手をちゃんとにぎりかえせたかも定かじゃない。フラウはしらなかった私たちのおおきさのちがいを、私はずっとむかしから意識してきた。

「色も白いね、指だって、ながい」
「……そうか」

 おまえの手は、とてもやわらかいよ。そう言いたかったけれど、なぜかのどがつまったようにあつくなったので、結局みじかい返事しかできない。おまえの手も白いよ、指だって繊細でおれそうで、とてもとてもちいさいんだ。どんどんとことばは思いつくのに、私はなんとなくでだって、それをフラウに伝えることはできない。
09.01.21





043:にじむ





044:うしろすがた(リーダーとキャプテン/はやて×ブレード※033のつづき)
 わたしはばかだったんだわ、と、いつもあのひとの家の玄関をでた瞬間に思う。ふりかえればいつもどおりの余裕しか感じられない薄笑いがおやすみと言い、わたしはそれにいっしょの声でいっしょのあいさつをかえす。それからドアノブをつかんでいた手がすっとひかれ、扉はすっかりととざされてしまうのだ。

「失礼します」

 医務室のドアをからりと音をたてて横にすべらせて、かたい声をつくって目をふせる。そんなことをしなくてもいつも入り口に背をむける形で机にほおづえをついているあのひとと目があうことなんてないのに、もしそうなったらと思うとこわい。うしろすがたすら見ることのできないわたしは、自分をまもることにいつも必死だった。

「他人行儀だねえ、あいかわらず」

 ほおづえはついたまま、首だけをぐいとまげてふりかえる。だって、他人です。わたしはそれに答えて、用件を言うよりもさきに包帯だなんだのおかれた棚に直行する。と、やっとあのひとはおもい腰をあげた。

「やってあげるよ、勝手なことはしない」
「いい、ただのかすり傷だから」
「あんたはどうしてここだとそんなに態度がちがうのかね」

 棚のすこしたかい段に手をのばしていると、うしろからそれをさえぎるように他人のそれが包帯をとる。うしろからおおいかぶさるように密着し、肩にてのひらがおかれた。

「……仕事中だもの、当然だわ」
「ふたりきりなのに? まあいいや、どこ?」

 きいておきながらわかりきった顔でうえのほうにのばしていたのとは逆のわたしの手をとる。包帯をつかうなんておおげさなほどのかすり傷。小指のわきに血がにじんでいる。わたしがほしかったのは絆創膏なんだけど、とつぶやいても、怪我をしていないほうの手をとられてさっきまでこのひとがおちついていた机のそばに問答無用でひっぱっていかれる。ぱっと手をはなしてすとんとすわりなおして、見あげられてわきの患者用のいすにつくようにとうながされた。

「こまかい怪我がおおいね、たいへんな仕事だこと」
「そんなの、剣待生の子たちのほうが」
「私はあんたの話をしてんの、いちいちかんがえ方がかたいんだから」

 すわったとたんにひょいと手をおおっていた手袋をはがされ、机のとなりにある台から消毒用の綿をピンセットでつまみ、丁寧なしぐさでわたしのやぶけた皮膚につめたいものがふれる。手をとる指先もつめたくて、それなのにどちらもやさしくてしかたがない。このひとはいつもかわらない、かわらないつよさがあって、わたしはそれがとてもとてもくやしい。

「……あ、ごめん。いたかった?」
「なんで」
「……」

 べつに、なんとなく。それだけしか言ってくれない。本当はわたしがなきそうな顔をしていることになんて気づいていて、だけどわたしがそこをつかれるとそれこそ本気でなきだしてしまうということもしっているのだ。いつも、このひとの家のこのひとのベッドでは、わたしは頭がわるいうえに性質も最悪なやつになってしまう。だってこのひとは、いつもかわらないのだ。ふれ方だっていまのこれとかわらずやさしくてやわらかくて、あんなにはずかしいことをしているのにどうして仕事とおなじような手つきでできてしまうの、わたしは、それがくやしいの。

「できた」
「……ありがとうございます」
「こら、ふたりのときに敬語はなしって言ったじゃない」
「そんなの、あなたが勝手にきめたことだわ」

 すっかりとうすく包帯につつまれた小指。丁寧に手袋までつけなおしてくれた。それなのにとがった声しかでなくて、わたしはいつもそう。
 しんじゃいたくなるのはたぶん自分のせいで、それなのにまるであなたのせいなのよというような顔をする。本当にしんでしまいたいのか気にしてほしいだけなのか、言っている本人もわかってなくて、だけどどっちにしてもばかでしかたのない発言にちがいなかった。かたんといすをならしてたちあがり、わたしはさっさと医務室をでることにした。するとため息がきこえる。きらわれたくないのにきらわれるようなことばかりして、それなのに絶対にきらわれるようなことはなかった、それって結局、わたしのことなんてどうでもいいんじゃないか。わたしの思考回路は鬱屈しているものだから、いつもそんなかなしい結論にばかりたっしてしまう。

「失礼しました」
「はいはいおだいじに」

 うしろすがたが返事をする。また机にひじをついてつえにして、物思いにふけるのだ。このひとは意外にロマンチシストでかんがえごとが趣味だった。そういうことはしるたびうれしいけど、それは、たったそれだけのことなのだ。からりと音をたてて扉をしめる。この作業はあのひとの家をでるときよりもきらい。うかれきった頭が冷静になるあのときよりも、もとから冷静な思考が余計にしずみこんでしまうからきらいだった。そうやってひとりになると、思いだせるあのひとはいつもとおくにあるうしろすがたばかり。
 ふと、ポケットがふるえる。携帯電話だと直感して、ロッカールームにおいておくのをわすれていた事実におどろく。なんとなくあわててとりだして、メールの差出人のなまえを見てぎくりとする。今夜はからだあけといてね。それだけの内容に、そっけなくてかなしくなるんじゃなくて誘いがうれしいほうが勝ってしまうのは、やはりばかにちがいなかった。

「……わかんない、こんなの」

 面倒くさいにちがいないわたしなんかを、どうして相手にしてくれるんだろう。誓約書だなんてこどもみたいな真似までしてくれて、やっぱり血はいやだから血判はやめようね、なんてかわいい顔をして、わたしはそういうあなたが見たいんだ。それなのに、すなおにあまえられるのはぼんやりとしてしまうおわったあとくらいだった、あのときだけはわたしはプライドからもなにからも解放されて、ただのばかになれる。ねえ、わたしはばかでしょう。ちゃんと声にしてたずねたことなんてなくて、いつかそうできたらいいと思う。だけどその質問のあのひとの答えをわたしは想像できなくて、それはとてもこわくて、だからわたしはきっといつまでたってもそんなことはできないでいるのだ。
09.01.04
つきあってるつもりのキャプテンとあそばれてるだけだと思ってるリーダー とかどうだろう

045:もっていかれる(静久と帯刀/はやて×ブレード)
 生徒会室にはひつぎさんはいなくて、かわりにいたのはめずらしいかっこうをした洸さんだった。彼女専用のパソコンのまえで突っ伏して、ちょうどわたしがへえと思った瞬間に、そのわきにつんであったくずれかけのプリントの束がゆれて、ゆかに数枚ひらりとちった。それでもうごかないから、洸さんがねむっているのは明白だった。

「……洸さん」

 めがねをかけたままひとみをとじて自分のうでをまくらにしているこのひとがおきないことをなぜか絶対的に確信しながらよびかけると、洸さんはほんとうにおきなかった。わたしは白いプリントをひろいあげて、いまだくずれかけのプリントの束をそろえなおしてからあつめたそれをうえにおく。瞬間、あ、とまぬけな声がした。

「……」
「あ、おはよう、ございます」

 ほそくひらいた目と目があった。なんとなくあいそ笑いをうかべたら、洸さんはいちどひくくうなってからからだをもちあげてのびをした。

「おつかれですか」
「まあね」

 首をまわしてこきこきと音をならして、それからちらりと横目がわたしを見た。それがすこしつめたく見えたけど、洸さんにとってはたぶんふつうの表情なのだ。まえにいきおいでそんなににらまないでくださいと言ったことがあって、そしたら洸さんはあんたはこころがきたないからにらまれてる気がするだけよと鼻をならされた。だからとりあえず、ほんとかどうかはべつにして洸さんにつめたい顔をされても気にしないことにしている。

「あの、会長は」
「あんたがしらなくてわたしがしってると思う?」

 やっぱりつめたいなあ、と思ったけど顔にはださない。そろそろつかれそうだったので、コーヒーいれます、と洸さんにせなかをむけた。するとうしろからあんたってと声がした。ふりかえれば洸さんがほおづえをついている。

「あんたってさ、きらいなやつとかいないの?」

 ねぼけいるのかしら。パソコンの電光が洸さんのめがねをちかちかかがやかせていて、そのおくの目は、びっくりするほどこどもみたいだった。突拍子もない質問が生徒会室のまんなかにとどまって、わたしはなんどもまばたきをする。わたしはあんたがきらいかしら、ほかにもいるけどね。洸さんは、いつかのようにふんと鼻をならす。

「わたしは、……わたしも洸さんのことちょっときらいです」

 なんだかそう言わないとまけのような気がして、だからちいさな声をなんとかだしたのに、洸さんがあははと笑って、それがあんまりかちほこっていたから結局まけた気がした。

「あの、きゅうになんですか」
「でもあんたのそのくやしそうな顔はけっこうすき」

 すこしくらくなりかけたなか、洸さんはパソコンにむきなおって、わたしはすこしだけ赤くなったほほをかくしながらコーヒーをいれた。顔がこんなにあついのはくやしいからなんだから、はずかしくてなんて、そんなことはぜったいにない。そんな言いわけをしながらどこかへいってしまったひつぎさんをひたすらまったのに、ひつぎさんはいつまでももどってこないのだった。
08.08.20
はるかむかしにいただいた帯静リク
しかし宮本さんむずー