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これのつづきです
おおきな音をたて、やっとのことでそれは膝をおったのだった。
「うおお! しぬかと思ったぜー!」
まずはじめに緊張の糸をといたのはスノウだった。おおきなからだをどすんとあおむけにたおして息をつく。それにつられたように、ほかの面々も地面にへたりこんだ。パルスの兵器がそこかしこを闊歩するマハーバラ坑道、強敵共をなんとかけちらしながら暗い通路をすすんできた彼らがついにでくわしたのは、いままでの兵器のなかでもことさらおおきなジャガーノートだった。
「はー、こんな意地のわるい罠はおっさんにゃこたえるぜえ」
「だからわたし、こっちはいやな予感がするって言ったのに……」
「……」
大砲に巨大な両腕とバランスのわるそうなみじかい足をはやしたようなそれ、いまはつっぷすように大砲の発射口を地面におしつけてたおれている想定外の敵を、一同いまいましげにながめて口々に不満をこぼす。
「ったく、だれだよこっちの道いこうっつったのはよ」
「……」
そんななか、だまったまましかめ面をしているものがひとり。なーライト、だれだっけな? ヴァニラがいやな予感がするって言ってるのに果敢にも分かれ道の左側をえらんだのは、だれだったっけ? ファングが嫌味をたっぷりふくんだ口調で言って、ちょうどとなりにすわりこむライトニングの肩をぽんぽんたたく。
「……だからわるかったって言ってるじゃないか」
彼女が仲間の意見を完全に無視してえらんだ道はみごとにいきどまり、しかもそこには本来ならばさけてとおるべき巨大な敵がいたのだった。それの残骸にむかっていた視線がこんどはライトニングにあつまる。
「え、言ってました? いまのが初耳なんですけどいつおっしゃってました?」
「うるさい! すみませんでした!」
やつのうしろにトレジャーがふわふわうかんでいたことだけがすくいだ。とはいえいまはそれをとりにいける気力のあるものなどいない。いや、ひとりだけいた。
「あ、ホープ!」
とはいえ、ひとり元気な少年が目下のところ気にかけているのはトレジャーなどではないようだ。ヴァニラが声をあげると、みんなも視線をあげた。そういえばひとりだけ愚痴を言う声がたりなかった。
「おい、あぶないぞ」
そこかしこが彼らの猛攻で破損した、ジャガーノートの残骸。ホープはそれによじのぼろうとしていて、ライトニングがあわてて注意する。大丈夫ですよ、みんなでやっつけたんですから。それにずいぶんたのしそうな口調で返事をし、彼はそれの頭のほうにまたがった。
「うひょー! かっけーじゃねえかホープ!」
スノウがおおよろこびでたちあがる。先程までしぬところだったと文句をたれていたくせに、よっぽど元気じゃないか。ライトニングは憮然として、おおきな兵器にじゃれつくいいおとなをながめた。
「はは、ガキだねえ」
サッズもそう言いながら、のそのそ腰をあげて彼らのほうへあるいていく。男というのは、どうもああいうものによわいらしい。そういえばホープなんかは、まだコクーンにいたころにこれとにたような機械を見つけたときもずいぶん目をかがやかせていた気がする。彼の召還獣であるアレキサンダーにのっているときもやけにたのしそうだ。ライトニングは息をついて、ホープがたのしそうならこっちにきてよかったじゃないか、と自分に言いわけする。とはいえ、となりからの文句はやみはしない。
「おまえはかんがえなしすぎんだよ、いいか、ここじゃ些細なミスが命とりになるんだ。おい、ヴァニラはあっちの道がいいって言ったんだぞ。それをおまえは……」
結局ファングは、ライトニングがヴァニラの言い分をきかなかったことがいちばん気にくわないらしかった。反論できる立場にないことは理解しているので彼女はだまってきいていたが、そろそろ我慢の限界だ。ついついファングの説教に口をはさみかけたところで、彼女の背後がぼんやり光る。
「ん…、お、なつかしいことしてるな」
「うん」
それに気づいたファングがふりかえると、ヴァニラが魔法の炎をてのひらに発現させていた。左手のうえでゆらゆらゆれるそれ、さらにそっと右手をかかげると、ちいさな炎はみるみるうちに球状に変化していく。きれいだな、とライトニングが思わずほめると、彼女はすこし笑った。
「むかしね、ルシになったばかりのころはこうやって訓練もかねてあそんでたの」
「そうそう、魔法の制御の練習さ。ヴァニラはうまかった。あたしはてんでだめだったが」
ファングも炎をだす。だめだというわりにはそれは徐々にきれいに形づくられていき、ヴァニラのものとも遜色ない出来の球体ができあがる。ほら、ライトもやってみな。たのしげにさそわれてほっとした。どうやら説教は終了したらしい。うなずきながらふと視線をあげると、ヴァニラと目があう。すると彼女はごめんねとでも言うように首をかしげて苦笑した。どうやらファングの気をそらしてたすけてくれたらしい。まったくあやまってもらう筋合いはなくむしろそれはこちらの仕事だったわけだが、いまそう言えばせっかくごまかされたファングがまたねちねち言いはじめてしまいそうだ。ライトニングはきまりがわるそうに唇のはしをつりあげて笑って、謝意にかえた。
「どうやるんだ」
「とりあえず炎でも雷でもなんでもいいからだして、反対の手で調整すんの」
「頭のなかにつくりたい形を思いうかべて。イメージがしっかりしてればきれいな形になるから」
抽象的な説明だったが、感覚でやっていることだからことばにしづらいようだ。ふむ、と思ったライトニングは、とりあえず得意の雷を発現させてみた。
「……」
「はは、ライトへっただなあ」
しかしながら、そいつはなかなかのじゃじゃ馬だった。ぱちぱちと音をたてて手のうえで雷光がおどりはするが、まったくひとつの形に集約する気配はない。
「あ、あのね。こころをおちつかせて、集中して」
「……わかってる」
「おまえさ、絵とかもへたくそだろ」
「うるさいな、だまってろ」
「はは、否定しねーのな」
「だからだまってろ!」
声をあらげると、雷もざわざわゆらいだ。ほらほら、こころをおちつかせねーとさ。ここぞとばかりにからかってくるファング、にらみつけようと顔をあげるとヴァニラの炎が目にはいる。それは先程よりもさらにととのっていた。ファングのそれは球状のものが燃えているようにみえるが、彼女のものはそれよりさらに洗練され、透明なまるい容器のなかで炎がくるくるゆらめいているようだった。なるほど、ヴァニラはたしかにこれがうまい。
「……」
憮然とした。かっこうわるくてしかたがない。ライトニングは意地になって自分の雷に夢中になる。
「おい、なにおもしろそうなことしてんだ?」
しかしこんどはうるさい男がもどってくる。スノウが興味津々とライトニングの手元をのぞきこんできて気がちった。くそ、見るならヴァニラのほうにしろ。
「うるさい、おまえはむこうであそんでろ」
「そりゃつれねーぜ義姉さん」
「お、なんだなんだ。おっさんにもおしえてくれや」
「なんですか、魔法?」
さらにはおくれてやってきたサッズとホープもこちらをながめはじめる。だからなぜ私を見るんだ。
「だめだめ、ライトは絵がへただから。手本にするならヴァニラにしな」
「絵は関係ないだろ」
「いやいや、だいたいこれと絵のうまさは比例すんの」
「適当なことを……」
ふたりがしばらく言いあいをしているうちに、ほかのみんなもヴァニラにやりかたをおそわっていたようだ。おお、うまいじゃねーかホープ。スノウが自分のことみたいによろこんだ声をだし、つられて視線をあげて驚愕した。
「へへ……」
ほめられて照れ笑いをうかべるホープの手中には、ヴァニラとまではいかなくともファングのそれとくらべてもおとらない出来の球体ができあがっている。しかも雷のそれをつくっているものだから、ライトニングの残念な出来映えが強調される。
「えっと、たしかに僕スクールでの美術の成績はよかったです」
「あっははは。一本とられたなーライト」
さらにはおまけとばかりにホープに申しわけなさそうに苦笑され、ライトニングのプライドは完全にくだけちる。こどもにもまけた。ふと視線をめぐらせば、ヴァニラについてもらったおかげか、サッズまでも四苦八苦しながらとはいえ手のなかの魔法の力を制御している。せめてものすくいはスノウだった。こういう繊細な作業は得意なわけがない彼は、だいたいライトニングとにたようなもの。なんてことだ、このばかと同等だと。
「おいファング。もっとしっかりおしえろ」
「ちゃんとおしえたっつーの。あとはおまえの腕次第ってやつさ」
頭をさげているのになんて意地のわるいやつなのか。にらみつけて命令しておきながら、すっかり必死になっているライトニングはずいぶんなことをかんがえるのだった。
そうこうしているうちに、満足いく仕上がりになったらしいホープとサッズはまたジャガーノートのほうへとあそびにいき、ファングはすっかり放置されていたトレジャーの確認をしにいってしまった。
「ライトニング、あのね、がむしゃらにやってもだめだよ。自分の魔力のながれを把握して、それの道筋をすこしずつかえる」
「わかってる。やってる」
せっかくのこってくれたヴァニラの話も、いまのライトニングにはちゃんととどいていないようだ。すっかり意地になっているらしい。見かねてしまった彼女は、ライトニングの魔法を制御している側の手に自分のそれをそえる。
「こうするの。見てて」
ふ、と右のてのこうにやわらかな圧力がかかる。と思うとみるみるうちにちいさな雷たちがひとつのかたまりに変化していく。思わず見とれた。
「すごいな……」
「ライトニングもすぐできるようになるよ」
そう言いながらも、ヴァニラは手をはなさない。彼女の力添えなくてはすぐに型がくずれてしまうのだろう。しばしのあいだ、ふたりの共同作業がつづく。ふしぎな感覚、けっしてふれられてはいないのに、肌をなでられているようだった。自分の魔力に干渉されるのは、こんな感じなのか。すこし気持ちがいいくらいなのは、ヴァニラだからだろう。へたなものがやれば、ひょっとしたら苦痛すら感じる気がした。
(ヴァニラだから)
そう思った瞬間、はっとした。
「っ……」
まるで無意識の行動だった。息をのむ気配、我にかえれば、ヴァニラが唖然としていた。手をはらいのけてしまったのだと気づいたのは、ヴァニラが自分の手をおさえてやっとだった。左手のなかの魔力が、ばちっと一瞬暴走してから消滅する。しん、としずかになる。刹那の見つめあい。
「ヴァニラ!」
瞬間、とおくからよび声。そろってはっとして声のしたほうを見れば、トレジャーを回収しにいったファングが少女を手まねいている。
「あ、うん!」
おおきく返事をして、ヴァニラはたちあがる。ふりかえることもなくかけていく。平然とした背中、ライトニングの拒絶など気にもならないかのように。それに傷つくことは身勝手にもほどがある話だろう。ヴァニラにとってのライトニングはそういうやつだ、そうなるようにしてきたし、これからもそうあるべきだ。
「……」
それなのに、ライトニングは猛省した。なにをしているのだ、せめて言いわけをするべきだった、あんまり距離がちかいのに気づいてはずかしくなったのだと、魔力にふれられて心地よくなっていたことがてれくさかったのだと、彼女がいってしまうまえに。
後悔にうなだれたその瞬間、さらにライトニングは気づいてしまう。ヴァニラをよんだとおくにいるファングの目が、ばかめとでも言いたげにほそくなる。急激に思いしった、やられたと思った。彼女から言いわけをする時間をうばったのは、ファングにちがいなかった。すっと血の気がひいたあと、反動でもつけたようにこんどは一気に血が頭にのぼる。
「なあ、見ろよ義姉さん! おれけっこううまくなったぜ!」
途端、実はずっととなりで訓練にはげんでいたスノウがうれしそうな声をあげる。ずいっと手をさしだして、不格好な球体をライトニングに自慢する。やっぱりさ、ヒーローはやろうと思えばなんでもできちまうんだなー。のんきに言った瞬間、呆然とどこかを見つめていたライトニングがこちらを見る、いやにらみつける。びき、とスノウはかたまった。あれ、おれなんかまずいこと言ったか。スノウは残念ながら、自分の存在自体がライトニングの神経を逆撫ですると気づいていない。
「おいスノウ、私にもやりかたおしえろ」
「あっはい」
唐突に不機嫌になったライトニングに、スノウは思わず敬語で返事をする。えっとね、だからね義姉さん、まずは気をおちつけないと……。しどろもどろになるスノウを尻目に、ライトニングは手のなかの雷光をばちばちさせる。そう、気がおちつくことなどありえない。ファングにしてやられたことに腹がたつし、スノウも全然空気がよめない。それになにより、ヴァニラにふれられたような感触やふいをつくように間近で感じられた彼女の体温や息づかいをいちいち反芻していては集中できるはずもない。ただの妹のかわりであるはずの少女に、ライトニングは完全に動揺させられていた。