秋のたかい空のしたで、とんとんとかたい音がなっていた。教会のまえの柵のそばには、最近ではめずらしい、雉宮牧師のすがたがあった。
「精がでますね」
おさない声が頭上からふってくる。しかし牧師は一向に気にはとめずに、木の板にくぎをうちつける作業をやめない。桃香がとうのむかしにやりかけて、結局完成していなかった教会まえの柵の修繕。すごしやすい気温のなかで、それでもひさびさのそとで体をうごかせば、うっすらとひたいに汗がうかんだ。
「ねえねえ、あたしもやりたいな、それ」
「話しかけるなって何回言えばわかる?」
「……つめたいのー」
桃香ちゃんにさあ、草むしりしてこいって言われたの。すぐにはえてきちゃうよね、でも雑草だっていきてんだからさ、勝手にむしっていいもんかなって思わない? やはり手をやすめようとはしない牧師のとなりにしゃがみこみ、未知は雑草をなでた。そこで牧師は、一瞬だけ少女の手元を見て、それからふりあげたかなづちをゆっくりとおろしてほうけた顔で未知をながめた。
「……キミみたいなのでも植物を愛でる気持ちがあるんだね」
「あは、失礼しちゃうな。あたし花とかだいすきだよ。にんげんとおんなじくらいにね」
「……」
最後のひとことは、人間が植物をすきなのとおなじほどに自分も植物がすきだということか、それとも植物をすきなのとおなじほどに人間のこともすきだということか。とんとん、とまたくぎをうつ音がひびきはじめる。未知はあいかわらず牧師のとなりで緑の雑草をなでて、そして自分をきらう人間にあきずに話しかけていた。
(……うそ)
桃香はとおくからそのようすをながめて、手にもっていたかごを地面におとしかけた。
(うわ、あのふたりいっしょにおる。なんか話しとる…っつか、先生笑っとる。え、うそ。うっそ……)
たしかに教会付近の草むしりをしろと指示したのは自分だが、まさか牧師がそこにいるとは思わなかった。しっていれば未知をいかせることはなかった。少女は牧師に平気で話しかける。それで無視されてつめたい態度をとられるとわかっていて、それでもその行為をやめないから、見ているこちらがいたたまれなくなるからあまりふたりを近づけないようにしていた。それなのに、だ。桃香はおどろきをかくせないままに、かごにつんだたくさんのなすをかかえて玄関へむかった。
「おつかれ」
「あ、おつかれさまです」
「はは、いまおもろいもん見たわ」
キッチンで水仕事をしていた五十鈴の足元にきょうの収穫物のはいったかごをおく。それからこらえきれない笑いをのどのおくからもらしながらうでをくんで、玄関のずっとむこうの、ふたりがいるはずのところをながめる。
「いまな、未知と先生が話しとった。なんじゃ、しらんうちに先生のやつすっかり未知に懐柔されとる。はは、先生のあんな顔はじめて見たわ」
「え……。先生と未知さんが?」
「おー。見てきたら? まだ仲ようしゃべっとるじゃろ」
「……そうですか」
ぎくりとした。五十鈴のちいさな声。ばかみたいにうかれていたところからわれにかえって五十鈴を見れば、彼女はうそのように笑って、かなしそうに首をかしげていた。かっ、と、頭に血がのぼった気がした。
「おもしろくない?」
「え」
いつの間にか五十鈴のうでをつかんでいた。かすかに五十鈴が悲鳴をもらし、けれでも桃香はそれに気づけるほど、もう冷静ではなかった。
「おもしろくない? 先生が未知にあんな顔するの、わんこにとってはおもしろくない?」
「いた…、桃香、さ」
「すきなん? 先生のこと、あんたはすきなんか」
「桃香さ……っ」
どん、と五十鈴の自由な片手が桃香の肩をおした。よわよわしい抵抗は、それでも桃香の意表をついた。はっとした彼女は、自分の指先がしびれるほど力いっぱいにあのほそいうでをつかんでいたてのひらを凝視するほかなかった。
「…あ、ごめ……ごめん。いたかった、よな」
「……」
なきそうな顔がうつむいている。それはつかまれていた手首がいたからなのか、それとも桃香のつげた事実がつらいからか。かんがえなくとも理由は明白だった。手をのばすこともできずにふせられたまぶたを見つめていると、すきです、と五十鈴がつぶやいた。
「え……」
「すきです、わたし、せんせいのことすきです」
ぱた、としずくがおちた。涙だ、と認識できたころには、もう五十鈴はにげるようにはしっていったあとだった。ひらきっぱなしの蛇口から水がながれつづけ、場違いにばたばたとまな板をうつ音をたてていた。