037:とどけばいい
083:あかいはな
039:いつだってとどかないまま(ゆかりと槙/はやて×ブレード)
わたしは先輩のことをしらない。なにもしらなかった。絵がすきで上手で、とてもまけずぎらいなこと。先輩がどんなひとかをしるたびにびっくりするほどうれしくて、それだけでいいゆめがみられるくらい。だけどわたしはいつまでたっても先輩のことをしってるってむねをはる気になれないのだ。わたしは刃友できっと先輩のいちばんちかくにいて、それなのに先輩はわたしに自信をもたせてくれなくて、だって先輩はいつもこまった顔で笑うんだもの。
わたしは先輩とキスをしたことがあった。わたしにとっては冗談みたいな話なんだけどほんとのことで、たったいっかいきりのこと。はずかしかったことしかおぼえてなくて、そのとき先輩がどんな顔をしていたのか必死になって思いおこしてもむだだった。でもひとつだけ思いだせたことがある。緊張した、って先輩が言った。一瞬だけわたしたちのすきまがなくなったその数秒後に、先輩はそうつぶやいた。わたしはきっとキスしたことよりもそっちのほうにどきどきしたんだ。美術室だった。いつも絵を描いているそこでわたしたちはふたりだけで。
「モデル用の彫刻がとどいたからとりにきてほしいって先生が」
わるいんだけど、はこぶのてつだってくれない? いっしょに昼食をとった昼やすみのわかれぎわ、先輩がそう言ってまゆをさげた。またこまった笑い顔。先輩は部長だから、顧問の先生にそういうことづてをされることがおおくて、たまにわたしのしらないうちにちょっとした仕事をしていることがある。それでもひとりではたいへんなときはわたしにたよってくれて、だけどそのたびもうしわけなさそうな顔をする。
「いいですよ、もちろん。そんなふうに言わなくてもわたしは先輩のてつだいならいくらでもします」
やだな、と思った。わたしはいつもかわいげがない。その証拠に先輩はまたこまった顔。こんなはずじゃないのに。これがいつもどおりのことになりそうでなきたくなった。わたしはただ、部長だからってひとりでがんばらないでわたしにもっと言ってほしいだけなのに。つたわらないのが、やっぱりいつもどおり。
じゃあ放課後、よろしくねって、先輩があるきだした。わたしの教室のあるところと反対のところに位置する先輩の教室に、先輩がもどっていく。わたしは思わずおいかけた。すぐたどりついた先輩のせなかにふれる。するとはっとした顔がふりかえって、わたしもはっとする。なにをしてるんだろう。きゅうに緊張して、いま廊下にわたしと先輩しかいないことがこわくて、それなのにくちはかってにうごきだす。
「キスはもう、しないんですか」
どうしよう。先輩はもう、こまった笑顔にもなってくれなかった。
040:ただ、