ずぶとくちからづよいみどりをひきぬいた。根に執念ぶかくつちをかかえて、雑草は抵抗するのだ。根性のある。根だけに。つまらない冗談をこころのなかでみずから一蹴して、桃香はつかんだほそながい葉をゆらしてつちをはらった。そこらじゅうにはえたこれらにいちいち感心と同情をよせていられるほど、残念ながらひまではない自分がとてもつまらない人間に思えた。
「あー。ねえ。かまきり」
「んー?」
つみあげられた残骸に手にもっていたものもぽいとなげいれて、それからまぬけな声をあげたとなり、といってもひと三人分ほどむこうにいる未知を見た。少女の視線のさき、雑草と雑草のすきまに三角の顔したかわいらしくないちいさな生物がいた。ちいさくてうすい緑のからだをしたそれは、かまのようなかたちをした前足をふりあげ、かっこうのつかないポーズをとっていた。
「つかまえて、桃香ちゃん」
「自分でやりゃええじゃろ。つかさぼんな」
さぼってないよ。と未知はつぶやき、そのくせしゃがんだひざのうえにほおづえをついて小動物の観察をつづけた。かわいくないねこいつ。ぶちぶちと手元で草がちぎれる音がする。それにまぎれて未知のほそい声がした。こいつがここにきてどれくらいたった。桃香は思いだそうとして、それがまるで無意味なことのような錯覚におそわれてそれ以上はかんがえないことにした。
あせをぬぐった。秋がちかづいてきたといってもあついものはあつい。桃香はたちあがる。
「……休憩する?」
「さんせい」
間髪いれず返事をする未知を見おろす。ついでに見えたふたつのよれよれの雑草のやまは、おとなとこどもくらいに差があった。くるりとむきをかえて、まうしろにあった教会にむかった。
「ねえ、草むしりしてたとこのそばにある、中途半端になおされた柵、なに? まえから気になってたけど、ぎゃくにかっこついてないと思うんだけど」
どうせならどうにもなんないくらいこわしたほうが。そんなことを言いながら未知も教会のとびらをくぐる。ならぶながいいすのいちばんいりぐちにちかいものにこしかけて軍手をとりながら少女をとなりにむかえる。
「あー。まえちょっとやりかけて、そのまま。いろいろあって放置しとった。わすれとった」
つちにまみれて黒くなった軍手をぽいといすのうえになげた。未知もまねて桃香のもののとなりにそれをなげる。未知のそれはあまりよごれていなくて、そもそもかまきりを発見したあたりから手に装着すらされていなかった。
「すずしいねえここ」
「んー」
未知がいすのうえでひざをかかえる。すずしいというよりは、さむがっているふうだった。
「……なあ」
「うん」
「ここおって、大丈夫なん?」
「なんで?」
「なんでって……」
あっけらかんとした返事にかるく狼狽した。この少女はいろんな意味で桃香の理解の範疇をこえているのだ。しばらくこの子とともにすごしてみてわかった。この子はなかなかにずぶとい。それはおそらく雑草をもこえるほどだ。
「あんた、十字架とか平気?」
「うん、平気だね。ぜんぜん。なんでそういうふうに言われてるかもわかんない」
「にんにくも」
「たべれるよ。すすんでたべたくはないけど。まずいし」
こどもっぽくべえとしたをだす。かわいらしいしぐさだ。未知はとてもおさなかった。すくなくとも外見は。
「……あ、でも太陽はちょっと苦手」
ぎくりとした。本来は五十鈴にくっついて家事の手伝いをするはずだった。それがいつのまにか桃香といっしょに炎天下で畑仕事やら雑用やらだ。どういうながれでそうなったのかはしらない。しかしそんなことはどうでもよく、あんずるべきは少女のからだへの太陽のひかりの影響だ。
「だって、やけちゃうもの。ね、あたしってけっこう色白いでしょ。気にいってんだ」
「……」
しかし、桃香の動揺は杞憂におわる。無邪気をよそおった笑顔をつくる未知をしらけた目で見おろす。よかったが、納得がいかなかった。いちいち思わせぶりな言いかたをするのだ、このこどもは。それでも、白いというよりは青白いだろう、という本音は言わない。そんなことは、おそらく桃香に言われなくてもわかっているのだ。
「ほんなら、わんこの手伝いしとればええじゃろ。なんでわざわざ」
「んー。うん……」
未知がくちびるをとがらせたところで、おくから気配がした。牧師だった。とおすぎて表情は見えない。桃香たちに気づいた牧師は、ふたりを一瞥してからまたおくにきえた。しかしその視線があまりよい色をしていなかったことはいやになるほどわかった。
「……でてけとさ。ほい、休憩終了」
「えー」
牧師の態度は徹底していた。しぶる未知を無理やりたたせて、桃香はふたりぶんの軍手をつかんで教会をぬけだす。太陽のひかりにほっとして、左手につながっている未知の右手を見た。あかるいひかりにてらされてもやはりきれいなよわよわしさがあった。この少女を、牧師は見もしない。いることすらみとめない。だというのに。
「かわいいひとね、せんせいって」
「……あんたの趣味おかしい。ぜったい」
なんどきかされたかわからない未知のここにきてからのくちぐせを、桃香はげんなりとしながらみぎからひだりにながした。