扉を開ければ、大荷物を持った女子高生が二人、立ち尽くしていた。

「……」
「こんにちは」

 ナディは場違いに他人行儀なあいさつをするエリスを通り越して、その後ろでナディ以上に困惑している少女を見た。ここであなた誰?と尋ねるのは少し酷だと思ったので、代わりにこんにちはと言った。すると少女はエリスのほうへ視線を向ける。

「誰、このひと」
「わたしの秘密基地の番人」

 なんじゃそりゃ。意外と失礼な見知らぬ来訪者が言うのと同時に、ナディも心中そう呟いたのだった。

「エリスってばひとんちをなんだと思ってんのかしら」

 自分の荷物を半分持ってくれている家主の後ろへ続きながら、ナスターシャは状況を整理した。場所は本当に学校からすぐそこにあるアパートだ。外観は古びていたが、中はそれほどでもないらしい。廊下と呼ぶにはささやかすぎる短い通路をすぐに歩き切ると、畳の部屋に通される。雑然とした物置のような仕様のそこに、家主がナスターシャの荷物の一部を置く。

「そんじゃ、ここにおいといていいから。あ、そこにあるのはエリスのだからごっちゃにならないようにね」

 言われて見てみれば、畳の上に見覚えのある教科書が数冊。どうやらこのひとはエリスの知人のようだった。学校近くに住む知り合いの家、つまりちょうどよい物置場所。エリスのいう秘密基地とはそういった意味合いだったらしい。

「あの、すみません。なんか急に」
「え、ああ。別にかまわないから。この部屋つかってないしね」

 赤くて長い髪のひとがからりと笑った。そういえばエリスに流されるままここまできてしまったが、もしかしたら自分は今大層ずうずうしいことをしているのではないかと思った。次に通されたのは日の当たる、テレビとソファのあるフローリングの部屋だった。クーラーがきいていて心地よい。ナスターシャはそこでやっと自分が汗にぐっしょりとぬれていることに気づいた。予想外の展開になかなか緊張していたらしい。

「あ、エリス。なにしてんのあんた」

 不意の大きな声にぎくりとして視線を向けると、エリスがソファに寝そべりながらチョコレートでコーティングされたアイスをかじっていた。

「おいしい」
「おいしいじゃなくて、それあたしのおやつ。また勝手に冷蔵庫開けて」
「つめたい」
「だから感想はきいてねー」

 それ最後の一本だったんだけど。コントのような会話を聞いていると、ふとエリスと目が合った。ナスターシャも食べる?意外な投げかけにぎょっとしていると、腕を組んでエリスを見下ろしていたひとがおっとと言った。

「ごめん、自己紹介まだだった。あたしナディね」
「あ、あたしはナスターシャって言って、エリスと同じ学校のものです」

 言ってから、そんなことは制服を見れば瞭然じゃないかと気づく。テレビが無造作につけられて、作った笑い声が低く響いていた。

(……ん?)

 はたと気づく。先程の自己紹介で聞いた名前。以前も聞いたことがあるような、そう思うや否や、思い出す。教室でエリスが囁いた意味深な言葉。

(キスはするけど恋人じゃない「ナディ」……!)

 思わずその顔を凝視してしまった。するとそれに気づいたナディがへらりと笑う。それを見ると、急にこの人物が信用置けない人物に思えてくる。見た感じは我々高校生よりは社会的立場が上であるような雰囲気だが、そんな人間が一体どうしてエリスとキスをするような仲なのか。しかもそのくせ、恋人でないとはどういうことだ。
 ナスターシャは気づかぬうちに視線に睨みを含ませてしまっていたが、ナディはそれには気づかずエリスのほうに向きなおる。その目元は職員室で見たリカルドのように緩んでいて、ナスターシャはなぜかぎくりとした。

「あんた、ちゃんと友達いたんだ」
「うん、いたよ」

 その目とは不釣り合いなからかう口調に、エリスがすっかりアイスを食べおわった口で返事をした。ナスターシャはそれをまるで釈然としない気分で眺めながら、あ、と思った。

(うん、いたよ。だって)

 顔が赤くなりそうだった。
 そんじゃあたしこれから用事あるからふたりとも帰った帰った。気に食わない家主がそう言って玄関のドアを閉めてしまってからもナスターシャは頬が熱かった。そして隣のエリスはといえば、少しだけおもしろくなさそうな顔をしている。

(あたしは友達で、じゃああのひとはなんなんだろう)

 今日は驚くことも嬉しいことも、いろんなことがありすぎた。ぼんやりとあの赤い髪を思い出すとやはり少しだけ胸の奥がぐっと沈む。ナスターシャは、とりあえず明日までに頭の中を整理しておくことにして、エリスと別れたのだった。
  
08.07.16