それからどれくらいベッドのうえでむかいあっていたかはわからないけれど、あいわからずかちかちとなる時計の音は無限と思えるほど数えた。うつむいたバルクホルンはいったいなにを考えているのか。中佐のことかハルトマンのことか、それとも。

「なさけない顔」
「……おまえはなまいきな顔をしてるよ」

 バルクホルンがベッドからおりた。視線だけでそれを追い、さきほどの自分の席におちつくのを確認してからあたしも気持ちのいいベッドからぬけだし、あいたいすにこしかけた。横目で確認した時計盤は零時すぎを示している。日付はもうかわった、ひょっとしたらあたしらの関係も。

「のみたりない?」
「べつに」
「あんた、つまりは中佐に浮気されたんだ」

 考えなしに、ふとただ思いついたことを言った、きずつけるつもりでもなんでもなく。するとバルクホルンはあたしのことを無視するのだ。平静を装おうとしているさまが痛々しくてかっこうわるくて、なぜかざわりと胸がさわいだ。ちりちりと奥のほうからじらされるような、よく知ってる感情。

「なぐさめてもらいたかった?」

 挑発的な声がでた。バルクホルンはやっとこちらをむく。すこしだけおどろいた顔、それから唇をかみしめる。なんだよ、と思った。言いたいことがあるなら言えばいいのに、急になにをしおらしくなっているんだろう。胸の奥はまださわがしかった、それどころかもうそろそろたえられそうにない。いらいらするんだよ。ついつぶやいた、だけどちゃんと声になって出ていたかはわからない。
 ぐっとたちあがった。前触れのなかったあたしの行動におどろいたらしいバルクホルンに見あげられた。逆にあたしはやつを見おろす。それからは、ふしぎなくらいどうしようもなかった。なぜだかこの口は、あたしの制御下から解放されてしまう。

「あんたも、せこいやつだね。浮気されたから浮気しかえしてやろうなんて」
「……なんだと」

 バルクホルンがひさかたぶりに強気の声をだす。それをききながらあたしはどうしたことかと思っていた。こんなことを言うつもりなんてないのに、ただ、いらいらしてるだけなのに。

「真面目なやつが思いつめちゃうとやっかいなもんだねえ、行動が極端なんだもの。しかも、相手にあたしをえらぶあたりがやらしいね、おたがいにきらいあってるやつなら一回かぎりただのまちがいだったとあとくされもない、ってか」

 はん、とはなをならしたつぎの瞬間に、肩のあたりに衝撃がはしる。デジャヴだ、バルクホルンにつかみかかられたんだってことはすぐに理解した。ただしさっきとちがうのは、そこからキスへというながれにはけっしてならないこと。

「きさまはひとを侮辱するのがすきらしい」
「侮辱? ははっ、よく言うねえ、あたしはほんとのこと言ってるだけだ。あんたは自分がかわいそうでしかたないから、あたしのことを利用してはらいせをしようとしたんだ」

 ぎっ、とバルクホルンの目がおおきくなる。純然たる怒りの表情、あたしはすこしだけぞくりとして、それからぎゅっと目を閉じた。でもそのつぎには勝手に左手が動いていた。瞬間、ばちんと音がなる。目をあければ、ひだりのほほのそばでバルクホルンの平手があたしのてのひらにおさまっていた。

「……暴力は、まずいんじゃないの」

 よく言う、それならあたしのやっていることも立派に最悪なことばの暴力だった。
 バルクホルンはおさまらない怒りで唇のはしをひきつらせながら息をふるえさせていたが、多少は冷静さをとりもどしたのかはらうようにつかんだ両手をはなした。あたしはみだれてしまった胸元を嫌味ったらしく丁寧になおしながら、どうして、と思うほかない。わからないのだ、こんなにいらいらする理由。

「でていってくれるか」

 しずかな声が言った。あたしは返事もしないで出口のあるほうをむく。そのとき視界のはしにころがりっぱなしのガラスのボトルを見つけたから、ひろいあげてバルクホルンのそばのテーブルにもどしてやった。それからおやすみのあいさつはするべきだろうか、となんとものんきなことを思っていると、バルクホルンがなにか言った。ドアをあけて一歩ふみだしたところだったのに、あんまりちいさな声に思わずふりむいてしまう。するとやつは、ご丁寧にも言いなおしてくれるのだ、侮辱するなとでも言いたげに。

「きらいなら、あんなことしない」
「……ふうん?」

 そのわりに、なんともにくたらしそうな顔をしているじゃないか。またデジャヴ、ついさっきにもにたような会話をしたなと思う。だけどさきほどとは全然ちがった理由であたしは思ったことを口にしなかった。じゃあ、きらいじゃないならなんなんだよ。あんたは、ミーナ中佐がすきなんじゃないのかよ。そろそろこのころには、あたしもこのいらつきの理由に勘づきはじめてしまっていた。

「おやすみ」

 ドアのむこうからにらむ視線をただ見返して、あたしはこれをしめてしまうことをためらっている自分にとてつもなく同情するほかなかった。

 
09.01.19再録